今週水・木(2001.11.21〜22)、東京大学で現役ジャーナリストが集い、実験的なワークショップが試みられた。実はこれ、私の『東大客員助教授』としてのお仕事である。
今の日本の大学でのメディア系の講座は、記者経験ゼロの学者が社会体験ゼロの学生に教えているのがほとんど。NYコロンビア大のように、現職若手ジャーナリストが自作のVTRや記事を持ち寄り、ピュ−リツァ賞級の先生の誘導で互いに議論し合う―――という現場の匂いがプンプンする場が、こちらにはない。そんな場を日本にも作れるかどうか、実際に模擬授業をやってみて現役の反応を探ろう、という実験の第1弾だ。
生徒役として集まってもらったのは、全国放送の報道番組制作スタッフ、ローカル局の看板キャスター、新聞記者、週刊誌編集者など多士済々。先生役は、2日目のテーマ「文字メディア」については毎日新聞の橋場編集委員(メディア面担当)にお願いし、初日の「電波メディア」については不肖・私が担当した。この初日の模様を、ここで御報告する。
授業は、(1)生徒役の方が作って実際に以前オンエアされた番組企画を皆で予備知識ナシで見て、(2)次に番組構成の書かれたレジュメを見ながら制作者の補足説明・解説、(3)それを受けて皆で議論、という展開。110分授業で、2つの番組について取り上げた。最初の教材は、「ニュースの森」で放送された『助産師になりたい』(制作:樋口まどか記者)。
- 樋口:
- 取材の過程でうまく行かなかった事。一つは、出産シーンの撮影です。協力してくれる病院が東京に無くて、かなり千葉の田舎の方の病院なんです。
- 下村:
- テレビが出産シーンに入るっていうのは、撮影許可取るだけですごく大変だから、他のメディアで取材する場合に比べて、これは大変な苦労があったと思いますね。
こうした苦労は活字系の記者にはそれだけで新鮮な話で、『情報収集段階で、何に・どれくらい力を割くべきか』という普遍的なテーマも浮上した。
- 下村:
- 今のTVの抱えてる非常に大きな問題だと思うんですけど、喋っている内容に、やたらめったら字幕スーパー入れるじゃないですか、ここ数年の傾向として。
- 樋口:
- 言い訳じゃないですけど、最小限にしました。それでも『足りない』と言われました。
- 下村:
- 特に、喋るより少し先に文字が表示されちゃうところが問題。人間って、『見る』物が目の前に現れたら、『聴く』方の注意力は殺がれるでしょ。結局、せっかく当人が語ってるのに、視聴者がそれに耳を傾けないように、制作者自身が仕向けちゃってる。
こういう表現方法を巡るやりとりは、将来『メディア表現論』といった講座に発展するのではないか、と思う。「中身さえ良ければ、伝え方などは二の次」という日本のTV記者たちの根本的勘違い(受け手の存在を無視した独善)を、打破する契機にしたいところだ。
- 橋場:
- 登場した主人公以外にどれだけオトコが助産師になりたいのか、という社会の一般的な流れの情報が一切無かったと思うんですよ。どれだけ社会の需要があるのか、という情報が無かったのが、ちょっと残念。
- 下村:
- そうですね。この作品だと、主人公の初登場の所で、『助産師に挑もうとしている男性がいます。滝川さん。』というナレーションなので、極端に言うと、この人だけ挑んでいるようにも聞こえてしまう。登場人物は、それ単体として描くのではなくて、その人が《何を象徴してるのか》を視聴者に伝えることが重要でしょう。
また、この作品には、男性『助産婦』を法律で認めるどうかについての国会情勢の情報がなかったので、それを《どこに》入れるべきだったかを考えた。
- 下村:
- 新聞は見出しで興味ある記事だけ選んで読めるけど、TVニュースは、かまわず順々に出てきちゃうわけですよ。だから、TVニュースの見せ方というのは、その事に対する情報飢餓感=『知りたい、どうなってるんだろう』という気持ちをまず喚起して、次の瞬間それに答えていく、っていう事の連続じゃないと。…とすると、この作品の場合、見終わった瞬間が『これどうなるんだろう、国会で』という気持ちになっているから、そのタイミングでポンと国会情報を言えば、たぶん皆フッと頭に取り込んだと思う。
- 樋口:
- あ〜、一言あっても良かったかもしれない。
教室内に異種メディアの人間が混在している面白さも表われた。ただ感心するのではなく、自分が"これしか無い"と思っている手法と『違うやり方があるかも』と発想を広げる機会にもなっていた。
- 雑誌記者:
- 基本的に週刊誌というのは、どちらかに偏っているのが"売り"だったりする。たぶんテレビと違うんですが、別にこの人に顔出してもらう必要も、名前出してもらう必要も無い。個人攻撃にならないようにしつつ、『こういう考えの人がいる。しかしそれはどうなのよ?』という記事の書き方になると思います。
- 下村:
- 面白いなぁ。テレビだと、どう考えても、"人間"を出したいと思うよね。
2番目の教材は、報道特集で放送された、『点滴混入の怪』。仙台筋弛緩剤点滴疑惑を扱った企画で、重いテーマだけに、制作した升田記者に、《取材手法》について質問が集中した。
- 地方局アナ:
- A看護婦(被告の恋人)のインタビューとかを取ったと簡単に仰いましたが、実際にどういう風にアプローチして、OKに漕ぎ着けたかを伺いたいんですけど。
- 升田:
- 『やってる・やってない』という事は別問題にして、『医療過誤が起きやすいこの病院の体質が背景にある』という意味では物凄く重要な証言者になる、そういう所を一看護婦として喋ってくれないか、と。『恋人として』は別にそんな喋らなくていいから、というような説得で、なんとか出てもらいました。
升田記者は、ある程度まで取材の"手の内"まで明かしてくれて、若手の記者には刺激になったろう。
続く2日目も、新聞記事を教材に、ガラリと違ったタイプの充実した議論が行われた。この実験成果を今後分析し、改良を加え、来年2月に、もっと時間をかけてワークショップ実験第2弾をやる予定。より良いリポートが届くことは、視聴者・リスナー・読者が絶対に望んでいること。だから、こういう場がほしいというニーズは確実にある。いつか常設講座を確立することを目指して、これからもベストな形を模索していきたい。