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下村健一の中と外

大鹿靖明著『メルトダウン』(講談社/2012.01.27刊)内下村証言について

2012年01月29日

今回の原発事故直後の実相を、官邸中枢で目撃・体感した数少ない証人の1人として、私は再発防止という大目的の為に、知る限りの事を社会に公開・共有していくことが自分の義務だと考えております。その確信から、大鹿氏の取材対象者125人の中の1人として、検証材料の提供を行ないました。
一昨日の刊行を受け、本日読了いたしましたので、読者の皆さんにより正確なニュアンスを共有して頂くべく、以下コメントします。

第1部 悪夢の1週間

このパートの下村証言の記述は、1ヶ所(下記※)を除いて、ほぼ正確です。

第2部 覇者の救済

この分野については詳細を知るところでないので、伝聞発言等は一切行なっていません。

第3部 電力闘争

下村証言部分で随所に見られる“経産省”という表現は、私の真意とズレています。(これは、①「下書きの段階で、下村が表現を確認する機会を必ず作る」という当初の筆者・大鹿氏の約束が履行されなかったことと、②その約束を信じた私が、厳密さに欠ける無造作な言葉遣いで同氏に話したこと、の2点に起因します。)
いずれも正確性を期して、“脱原発路線に危機感を抱く一部官僚達”と言い換えます。
“経産省”にも色々な考え方や動きが当然あり、一語で括れるようなものではないからです。

多くの違和感ある箇所の中から、以下、語尾の断定調などによって特に私の真意と乖離したニュアンスになっている3ヶ所だけを挙げます。

●【P.246】…浜岡停止要請

{現}
「下村は言葉を続けた。(中略)実は経産省がシナリオを書いたのだという。舞台裏には、経産省の深謀遠慮があった
菅側近の下村によれば、あれは、計算された演出、というのである。」
⇒{改}
「下村は言葉を続けた。(中略)実は、脱原発路線に危機感を抱く一部官僚達がシナリオを書いたのかも知れないという。舞台裏には、深謀遠慮があったのか?菅側近の下村によれば、あれは、結果的にああいう展開になったのか、計算された演出に誘導されたのか、今でも真相が判らないというのである。」

●【P.334】…玄海再稼働問題

{現}
「『どっちを選んでも総理がダメージを受ける。あのときは、経産省のそういうシナリオで進んでいたのです。』 菅側近の下村内閣審議官は、そう言った。」
⇒{改}
「『どっちを選んでも総理がダメージを受ける。あのときは、脱原発路線に危機感を抱く一部官僚達のそういうシナリオで進んでいたのかも知れません。』 菅側近の下村内閣審議官は、そう言った。」

●【P.343~5】…経産省人事

・「下村は(中略)古賀茂明に秘かに面会した。」
以下、私が古賀氏や“改革派官僚”とだけ密会を重ねたように描かれていますが、実際には同時並行で一般の経産官僚からも様々な意見を聴いていました。要は、経産省という所にどんな考えの人々がいるのか、基本的勉強をしていたのが実相です。
・「経産省の上を変えないとダメだな、と考えるようになったのです。」/「保安院の寺坂信昭院長を代えたいと思っているのですが、」/「次官を代えないといけません」
一読すると、これらの文(特に下線部)の主語は下村のようにも読めてしまいますが、もちろん私ではありません。言うまでもありませんが、一審議官たる私に、人事に口出しする権限はありません。なお、主語は菅さんでもありません。
・{現}
「経産省には毎回してやられました。」
⇒{改}
「どうも毎回、誰かにしてやられているような気がして。」
以上の直し方でお判りの通り、大鹿氏の全文からは“経産省”が一塊の明確な悪役という印象を受ける読者もおられるでしょうが、下村の考え方は、それとは異なります。 多くの人達(大鹿氏を含め)に再三話していることですが、下村は、「原発護持派も脱原発派も、互いに『我こそが日本を守る正義だ』と信じており、相手方は『日本を滅ぼす悪役』。つまりこれは、《正義⇔邪悪》の攻防ではなく、《正義A⇔正義B》の攻防」と見ています。 このパートでは、そうした観点から見えたことを客観的に証言したつもりだったのですが、やはり現文のまま全体のトーンの中に組み込まれると、経産省だけを悪しざまに言っているような印象になってしまい、「事はそんなに単純ではないのに」と当惑しています。


この危機に取り組んでゆく時に、そうした対決的なスタンスに立っても不毛なだけだと、私は心から思っています。

※もう一点、原発事故とは関係ない部分ですが

【P.21~22】…献金問題取材Faxの扱い

「下村は(中略)公邸に引っ込んでいた菅にあわててファクスの質問状を持参し、(中略)
菅は一瞥するなり、(中略)『これは僕に預からせて』と言ってファクスをひったくっている。」

⇒この部分の印象を決定づけている“あわてて”と“ひったくって”の2つの形容は、いずれも事実でありません。
総理執務中の時間でなかったから、待機する理由も無く、受信して“すぐに”届けたのは当たり前のことですし、菅氏はそれを“普通の動作で”受け取っています。些細な演出的表現のようですが、こう書くことで「何か重大な自覚のもとに隠し事が始まった」という誤った印象が生まれてしまいます。