前作『ビリーブ』を超えた! 知的発達障害の若者達だけ
で撮った映画、第2弾完成【後編】

放送日:2008/8/ 2

北京オリンピックが目前に迫っているが、実は去年の秋、上海で、もう一つ正式名称に“オリンピック”という名を持つ国際イベントが開かれた。知的発達障害を持つ人達のスポーツの場、スペシャルオリンピックスの夏季世界大会だ。(身体に障害を持つ人達が参加するパラリンピックとはまた別のものである。)
この大会の記録映画が、アスリートたち自身=つまり知的障害を持つ若者たち自身の手で制作され、このほど完成した。タイトルは、『きずな+(プラス)~上海に瞳をこらして~』。
先週に引き続き、この作クルー9人の中から、サウンドマン(音声担当)の川口弘樹君(24歳・通称リーダー/眼のツケドコロ・市民記者番号No.20)、インタビュアーの増満伸朗君(32歳/眼のツケドコロ・市民記者番号No.21)、カメラマンの和田勇人君(21歳/眼のツケドコロ・市民記者番号No.22)の3人にお話を伺う。

■邪魔をしないマイク、邪魔に動じないカメラ

――それぞれ、映画製作の中で、どんな工夫や苦労をしました?

川口: (マイクが)カメラの画面の中に映っちゃいけないとか、1メートル離れて、良い音(を録るの)が1つのポイントですね。

――あれ難しいよね。良い音を録ろうと思えば、音を出している所になるべくマイクを近づけたいけど、そうすると和田カメラマンから叱られちゃうわけでしょ、「マイク邪魔!」って。(笑)

川口: まあ、たまには(和田君は)言いますけど。

――はははっ! 実際、「マイク!」って叱ったことあるの?

和田: いや、心では思ってるんです。口には出さないだけです。

――確か1回位、マイクが思いっきり画面に映っているところがあったけど、そんなに気にならなかったよ…。

和田: それが、撮影にとっては大切な条件です。

――なるほど。じゃあ、カメラマンとして、撮影で一番苦労・工夫したところは?

和田: 水泳のシーンで、女子が泳いでるコースを撮影するに当たって、邪魔な物もあったんです。

――邪魔な物って、何か、映像を遮ってしまうような物が手前に?

和田: 通りすがりの審査員とか、(カメラの前を横切る人が)いるんです。「邪魔だなぁ」と思う気持ちがあったんだけど、「泳いでるアスリートの子を撮らなくちゃいけない」というのがあったんで、心には思いつつアスリートを撮りました。

――そういうのに心を惑わされずに、アスリートをちゃんと狙い続けた、と。

和田: はい。

――それがちゃんとスクリーンに現れていたよね。バッチリ追えてたもん。

■1人1人を尊重するインタビュー

――皆に「ふざけている」と言われながらも、真面目にやっていた増満君。インタビューで工夫したところは? 苦労でもいいけど。

増満: うーん。一発OKだったから。それも、リーダー達の助けがあったせいで。

――オッ! じゃあ、インタビューで「しまったぁ、これ訊けば良かった」とか、そういう失敗っていう思いは1回も無かった?

増満: 無いです。全部、OKです!

――へぇ、言い切るねぇ。周りから見てて、どう? 「インタビュー、これ訊いてくれたら良かったのに」とか、別になかった?

川口: 全然、バッチリOKです。

――やった、リーダーも認めたぞ!

増満: やったぁ…フゥ(ため息)。

――映画を観ているお客さんも皆反応していたけど、増満インタビューの特徴で、最後に「メッセージをどうぞ!」って、必ず言うじゃない?

増満: ええ、自分(の)決めゼリフ。

――はははっ!

和田: 「メッセージをどうぞ」という言葉は、非常に良いね。その使い方がいいよね。「メッセージをどうぞ」っていうことで察知するから、カメラもその気になれる、と。

――はぁ~、現場で無言のコンビネーションが出来ているわけだ。 

和田: はい。

――「~ですか?」という質問ではなくて「メッセージをどうぞ」と言われたほうが、その人が本当に言いたいことが言えるもんね。
 増満君もそうだし、勝又さんのインタビューもいいなぁと思ったのは、例えば団体競技で4人ぐらいのアスリートに、いっぺんにインタビューする場面が何回もあったでしょ。 その時に、どの質問も必ず1人1人に、「あなたは?」って、端まで順番にマイクを向けるじゃない? プロには、あれは出来ないんだよ。大抵誰か1人に訊いて、以下略にしちゃう。質問を1個1個、全員に必ず訊く、あの《1人1人を大切にする心》は、見てて凄いなぁと思った。あれは、そうしようと決めてたの?

増満: 何も考えてません。ただ、自然です。

――それが当たり前だから?

増満: はい。

――恐れ入りました。

■プロ助言者たちからの自立

――閉会式の日の朝、いよいよ撮影もこれで最後という日に、集まったスタッフ・クルーの皆に向かって、リーダーの川口君が「今日は最後だ、頑張ろう!」って言う場面が…

増満: ああ、あった、あった!

――あそこ、なかなかの名場面だよね

増満: うん、リーダーらしい。

――映画より―――――
川口: 楽しく、いい映画作るようにしましょう。
スタッフ: じゃあ、今日は、皆で頑張って、やろう。
川口: いち、に、さん。今日から頑張りましょう。『Believe』クルー、頑張りましょう!
皆: おうっ!

―――――――――――

――この「おうっ!」のところで、皆、円陣を組んで、手のひらを寄せ合って…。あれは、カッコ良かったよ、リーダー。

川口: はぁ…、どうも。(照れて消え入りそうな声で)

――そんな、弱々しく言わないでよ。(笑)

増満: まさか、リーダーが声をかけるとは思わなかった。いつもは、声かけてないのに。

――「ここは一発、やんなくちゃ!」と思ったの? 

川口: いや、クルーたちは今まで、自分たちで決めないで、スタッフが指示を出してたんですよ。

――小栗監督を中心としたプロのスタッフが、「今回こういうシーンがあるだろうから、こういう風に撮ったらいいんじゃない?」とか、役割分担として、カメラ・音声に前もって助言するわけでしょ。

川口: うん。「これは、こうだ」とか。そういうやり方してたらいけないんじゃないかと思って、一応皆さんに、自分達で相談してやって、楽しく映画作り出来たらいいかなと思って、最後に話しました。

――「スタッフの指導を待たないで、自分で考えて撮ろうよ」と?

川口: はい。

――でも、いくら助言されたって、結局本番の撮影は、和田君のカメラワークや川口君のマイクの振り、増満インタビュアーの質問にかかってるってことだよね?

和田: …みたいに、なりますね。

川口: はい。

――その事前の段階で、プロの人たちに「こういう風にやったら?」ってアドバイスしてもらう部分も、「自分でまず考えろ!」っていうのがリーダーの(考え方)?

川口: そう。自分の思う通りにやって、分からない事があったら、何でも質問する。その方がいいかな、と思いました。

――指示・助言を受けてから動くんじゃなくて、自分でまず考えて、分からない時だけ質問する…それは、確かに、理想のチームワークだなぁ。で、どう? あの日、皆で手を合わせて「おう!」ってやって、最後の日は、チーム全体、やっぱり気合い入りましたか?

増満: 入りました!

和田: 「これは気を抜いちゃいかん!」と思いました。

――そうだよね。ドラマの映画と違って、「失敗したから、もう1回お願いします」ってわけに行かないもんね。

川口: そうですね。

■目指すは、あと300万点

――そして、映画が完成したわけですね。7月20日の完成披露上映会で、大勢の人たちの前で、スクリーンで見て、君たち自身の仕上がりの満足度は、如何ですか?

川口: 100点ですね。

増満: 感無量です。

和田: 500万点中、200万点。出来は良かった。

――え、なんで「500」なの? あとの「300」は?

和田: あとの「300」は、難しいところ。

――まだ、これから目指すところ? これで終わりじゃないんだ? 次なる、更に上の300万点を目指して行くわけですか?

和田: はい。

増満: (無言で、大げさに頭を抱え込むジェスチャー)

――まだ、残り300万点を目指して、続けるってさ。どうしますか、一緒にやりますか?

増満: (腹を括ったように) やりますっ!

■全ての夢を実現し……次はギネス!?

――そう言えば、前回の『Believe』を撮ったときも、「これからどうしたい?」って訊いたら、川口リーダーが「もう1回映画を撮りたい」って、このスタジオで言ったんだよね。覚えてる?

川口: はい、覚えてます。

――で、増満君は「漫談をやりたい」、和田君は「パーティをやって、9人で壇上に並びたい」って。…こないだの完成上映会で、これ、いっぺんに全部実現しちゃったね! (注: 壇上挨拶での増満節は、漫談そのものだった。) ホントに夢が叶って、どうするの、この次は? 何したい? また数年後、このスタジオで、「叶ったね」って言えるかもしれないから、聞いておきましょう。

川口: もう1回、映画作りしたいです。

――第3弾!?

川口: はい。

増満: ギネス載っちゃってもいいかねぇ。

――何でギネスを目指すの!? 

増満: シリーズ。

――あ、映画のシリーズの回数で? 『男はつらいよ』の回数を抜く?

増満: うん。抜くか!

■始まったバトン・リレーのきずな

川口: 皆さんに映画のバトンタッチをしてもらって、数多くの人たちに観てもらいたいな、と思います。

――“映画のバトンタッチ”って、どういう意味? 誰から誰への?

川口: 夢を渡したいなと思って。

――作った川口君たちから、お客さんにバトンを渡す?

川口: はい。

――受け取ったお客さんは、 そのバトンをどうしたらいいの?

川口: 次の人に渡す、みたいな。

――で、(映画のバトンを)ずっと拡げていくんだ?

川口: はい。

――「映画のバトンを拡げていく」っていうのは、良い言葉だなぁ。さすがの言葉の魔術師・増満君も、黙ってしまいましたね。

増満: ええ。……凄いなぁと思った。

――じゃあ、この映画のお披露目の日(7月20日)が、バトン・リレーの始まりだったわけですね。

皆: はい!

この映画の完成披露上映会が行なわれた7月20日は、ちょうどスペシャルオリンピックスの活動の創立40周年記念日でもあった。この日から活動が始まり、やがて日本にも渡ってきて、今、日本でも様々な記念事業が行なわれている。その目玉企画の1つが、今回完成したこの映画というわけだ。

実のところ、3年前の収録時と同様、今回のトークも、生放送ではなく事前に1時間以上かけてスタジオでじっくり会話を録り、それを編集した。私の質問を聞いてから彼らが答えるまでの長い沈黙や、意味を解しにくい話の脱線などを編集段階で取り除いた結果が、オンエアしたトークである。放送を聴いたリスナーの皆さんは、「この3人のどこが知的発達障害なの?」と思われただろうが、彼らは元来、こちらが無意味に焦らずただゆったり待てば、こういう豊かな言葉を紡ぎ出すのだ。“長い沈黙”といっても、せいぜい20秒ぐらいなもの。それを待ち切れない我々「健常者」の時間感覚の方が、不健常なのかもしれない。
知的発達障害を抱えた人たちの記録映画、と聞いただけで、「そういうシリアスな話は苦手」と遠ざけてしまう人も少なくないと思うが、前回・今回とこの映画製作チームのトークをお聴き頂いて、この作品が、そんな先入観を完全にブチ破る、底抜けに明るく楽しい映画であることは、十分想像して頂けたと思う。

【下村よりお知らせ】

ご好評頂いておりました『下村健一の眼のツケドコロ』が、9月一杯で放送終了することになりました。コーナーの母体であるレギュラー番組『中村尚登ニュースプラザ』(TBSラジオ系)自体の終了に伴う道連れです。『中村尚登ニュースプラザ』は、在京全ラジオ局の全時間帯の情報系番組ランキングでも、聴取率がトップ10に度々入る人気番組だっただけに、大変残念です。
そこで、『眼のツケドコロ』最後の数回のテーマは、皆さんに決めて頂こうと思います。過去400回を超える(と言っても初期1年余りの記録は文字ではあまり残っていませんが…)バックナンバーの中から、「この話の続き(現状)を聞きたい!」というリクエストを、下村健一の個人サイト宛てか、番組HP宛てにお寄せ下さい。その際、このコーナー全般を振り返ってのご感想や、「次はこんな媒体でこういう発信をせよ」といった下村へのご要望等もお書き添え頂けると、大変嬉しいです。お待ちしております!

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