広河隆一氏の集大成『NAKBA』今日封切り!

放送日:2008/3/22

映画「NAKBA」 東京・渋谷のユーロスペースで本日封切りの、長編ドキュメンタリー映画『NAKBA』をご紹介する。この映画の構成・編集にあたった安岡卓治プロデューサーにお話を伺う。

■中東問題の原点にある「大惨事」

――映画のタイトルになっている「ナクバ」という言葉を聞いて、何の事かすぐに分かる人はほとんどいないでしょうね。

安岡: ほとんど知られていない言葉ですね。これはアラビア語で「大惨事」とか「破壊」とか、非常に壮大な物が壊れていくというような意味合いです。英語だとカタストロフという言葉があてられる場合があります。
 ナクバは、パレスチナで1948年に起こった出来事で、この年は、イスラエルが建国すると同時に、そこに住んでいた沢山のアラブ人たちが家を追われていく。ということは、壮大な破壊が行なわれるわけです。まさに中東の今の問題の原点ですね。
 国際政治のいろんなバランスがありまして、それを今ここで説明するのはとても時間が足りませんが、そういった中でイスラエルの国が生まれて、パレスチナの人たちが、自分たちの故郷を追われてしまうと。その状況っていうのは、今も続いています。たとえば、先頃、ガザ地区で武力衝突がありました。ガザは、故郷を追われた人たちが集まって暮らす、いわゆる難民キャンプという場所なんです。その場所すら極めて危険な状態になっている、という現実が続いているわけです。

――この問題は、全世界の非常に大きな火種の1つであり続けているわけですが、一番大元のナクバという出来事について、直視した報道というのは、今まであまり無かったですよね。

安岡: そうですね。内外でいろんな形で伝えられてきてはいるんですけれども、体系的にその全貌を見つめようとする仕事というのは、なかなか見当たらないですね。

■“被害者による加害”の跡を見た衝撃

――私もこの映画を試写会で観ましたが、これが日本人の手で出来たというのは、大変意義深いですね。

安岡: この映像を撮影されたのは、フォトジャーナリストの広河隆一さんという方で、現在『DAYS JAPAN』という写真誌(月刊)の編集長もされています。彼は1967年、23歳でイスラエルのキブツという所で働き始め、その時に、ナクバの痕跡を見て、この痕跡は何なのかと尋ねていくうちに、1948年にそういう出来事が起こっていたということに巡り合うわけです。23歳の青年・広河にとっては、それは物凄く大きな衝撃だったと聞いています。以来、この問題に踏み込んで、現在に至るまでその問題をずっと見つめ続けているんです。

映画のストーリーも、広河氏が廃墟の村を見つけ、これは何だ?という疑問を抱くところから展開していく。広河氏にとって、ユダヤの人たちは「ナチスによるホロコーストに遭った受難者」で、《被害者》としての構図でイスラエルに入っていったのに、ナクバでは、イスラエル人たちが《加害》行為をして、パレスチナ人たちが被害者だったという事実は、かなりの衝撃だったに違いない。

安岡: (ユダヤ人たちは)実際にヨーロッパで非常に厳しい運命に巡り合って、やっと自分たちの安息の場所と言いますか、自分たちの国にたどり着いたという思いっていうのは、非常に熱いものがあるわけです。ですが、その背景にはやはり、その状況を支えるいろんな政治構造というものがあって、その政治構造の中で、そこにもともと暮らしていたパレスチナ人たちが故郷を追われるという出来事が起こったと。ユダヤ人の中にもその事をはっきり自覚的に捉えている人というのももちろんいるんでしょうけれども、意外に知られていなかったりする。つまり、イスラエル国内でも、この事は、実は封印されているという風に言っていいんじゃないかと思うんですね。

日本人の広河氏が、現地で埋もれていた色々な人たちの証言を、40年間、写真やビデオで撮り集め、その封印を解きほぐしていったというわけだ。

■1000時間の物語との格闘

――それを編集するのは、大変だったでしょう?

安岡: そうですね。素材だけで、1000時間を越えてますし、写真もぜひ作品の中に取り込みたかったんです。これはもう、数万カットあるんですよ。いずれも内容をご存知なのは広河さんなので、広河さんにその中から選んでいただいて。その選んでいただいた物の中から、1つの映画として組み上げていくというプロセスだったんです。

――単純に考えても、撮った素材を見るだけで1000時間かかってしまうわけですよね。

安岡: そうです。だから一番何が大変だったかというと、その1000時間を仕分ける作業です。劇場公開する映画は2時間11分ですから、全てを使うわけには行かない。その作品の構成要素として見合う場面を選ばなきゃいけない。これ、広河さんしか分からないんです。取材者=広河さんですから、この場所がどこで、その話をしている人が誰かということは、広河さんに全て確認してもらわなきゃいけない。

――広河さんは、ほとんど1人でカメラを持って行って、撮ってらっしゃる…

安岡: そうです、単独取材です。フォトジャーナリストですから、写真機とビデオカメラの両方を肩にかけて、その状況に応じてその2つを使い分けるというようなやり方で取材されているわけです。この素材の中から、454時間分を映画用に選り分けて、その内容を全て洗い出して、その上で構成を考えるという作業でした。

――多くは、1人1人の被害者側、そしてある意味、加害者側の証言ですが、1つ1つの語りが物凄く重いですよね。

安岡: 作品の中では、1人の方が大体、短くて1分半、長くても4、5分までは使ってないですね。でも皆さん、1時間以上喋っていらっしゃいますよ。その話の中には、追われる前の故郷はどんな様子だったか、いかに追われ、いかに逃げ、いかにたどり着いて、ばらばらになった家族がいかに再会したか、そして自分たちの故郷を取り返すためにいかに戦ったか、という話が連綿とあるんです。そこには、お1人お1人で、恐らく1本のドキュメンタリーが作れる、もしくは書き起こして劇映画が出来るんではないかと思われるような証言がいくつも入っていました。

――今回、その1000時間をまとめようということになったのは、どういうきっかけだったんですか?

安岡: この作業自体は、2002年の後半から始まってるんです。その壮大な映像記録をどう処理するか、翻訳の問題もあって、なかなか作業が進まない。ちょうど今年が、ナクバが起こった年から60年目であると。「この節目に、何とか劇場公開は2008年に実現して、60年目の節目でナクバをもう1回撮りたい」という広河さんの強い思いがあって、僕に声がかかったんです。僕も、広河さんの仕事は写真誌も含めて拝見していましたから、「これは何とか実現しなきゃいけない」という思いに駆られました。

■世界で役立てる史料を目指す「完全版」

――最初に安岡さんが広河事務所を訪ねたときは、その1000時間分のフィルムが山になって…?

安岡: いや、凄いんですよ、もう。写真を入れているケースもあるんですが、それがもう、うずたかく積みあがってましてね。もちろんビデオ素材とか映像素材は、ちゃんと保管の仕分けはしてあるんですけれども、とにかく足の踏み場が無いと言いますかねぇ。

――この『NAKBA』が映画として、一応1本出来上がったけれども、まだまだ作業は続くんですか?

安岡: はい。実は、現在もそこで、編集装置3台を並行して作業が進んでるんです。広河さんの思いの中には、『NAKBA・完全版』というのがございまして、先程申し上げたような1人1人の証言を、出来るだけノーカットで字幕を付けて、現代史の資料として、いろんな所で活用していただこうという意図で、恐らく完成すれば30~40時間、場合によってはそれ以上になるかもしれないんですが、その作業が今、急ピッチで進んでいます。

この完全版は、図書館や研究機関などを対象としたもので、英語版も制作し、世界中で役立ててもらう構想だと言う。

――それはもう、映画という概念を超えていますね。ほんとに「史料」というか。

安岡: そうですね。1つ1つの史料というのは、貴重でして。劇場映画版に関しては2時間11分しかありませんから、細かな部分といったものが伝えきれないです。ですが、その完全版を見ていただければ、1人1人がどのように生きたかということ、それから、この中にはイスラエル兵だった人たちの証言も入っていますので、イスラエル側からの視点でその事態をどのように見ていたかといったことについても、かなり分厚い証言が盛り込まれています。

たった2時間余りにまとめられた“短縮版”からでも伝わってくる事の1つが、その《視点の立体化》だ。ある少女がPLOの闘士として武力闘争に行き、後に収監先から社会に戻り、傷つき、そして結婚…というのを、さすが40年という取材のスパンでずっと追っている。それを見ていると、かつて少女時代、兵器を構えて恐ろしい顔でこちらを睨んでいた写真の少女も、ただのテロリストという言葉では、とても括れない存在として見えてくる。

安岡: 報道を通じて我々が知り得るイスラエルの情勢、パレスチナの情勢というのは、本当に情報を要約されたものでしかないんです。《1人1人がそこでどう生きたか》といったことを見つめてみないと、その実感というのはなかなか伝わらない。広河さんはこれまでも、ご自身の映像をいろんなテレビの報道番組などでも提供されてるんですけれども、それだけではやっぱりどうにも《伝えきれない》んだという思いを、ずっとずっと持っていらっしゃるんです。

■『1コマ』サポーターズの後押しで…

――この制作の財源は、どうしていらっしゃるんですか?

安岡: 財源は、『1コマ』サポーターズという支援組織が、全ての資金を集めてくださいました。児童教育を担当されている森沢典子さんという、なかなかキュートな方なんですけれども、彼女が中心になって、「パレスチナの人々の情勢を少しでも知らせたい」「広河さんが撮り貯めた膨大な映像を、何とか世の中に出したい」という思いで、総数で大体600~700人おいでになるんですかね、そういった皆さんがお金をお出しになってます。

――募金は、まだ続いてるんですか?

安岡: ええ、続いています。先程申し上げた『完全版』をいかに仕上げるかといったことも大変で、そういった活動を支えるために、まだまだ資金は必要になってくると思います。

「サポーターズになりたい」という方は、森沢さんのサイトを参照されたい。

――「この映画を観たい」という方は、どうしたらいいですか?

安岡: 『NAKBA』のホームページを入り口にして、そこから作品の情報が得られます。大阪、名古屋、その他各地で上映が予定されています。

このコーナーでは様々な映画をご紹介してきたが、この映画は、それらの中でも別格の力作としてお薦めしたい。

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