専門情報誌『冤罪File』昨日創刊!

放送日:2008/2/ 2

冤罪File 日本には様々な雑誌・専門情報誌が溢れているが、昨日(2月1日)、本当にユニークなこだわりの新しい季刊誌が創刊された。その名も、『冤罪File』(キューブリック刊/380円、次号から450円)。世の中で冤罪事件として争われているケースだけをテーマに並べた、128ページの雑誌。記事を執筆している記者の中から、今井恭平さん(眼のツケドコロ・市民記者番号No.62)、池添徳明さん(眼のツケドコロ・市民記者番号No.63)にお話を伺う。

■「一体誰が読むの?」という人に

このコーナーは、毎回私が好きなように眼をツケたテーマを選んでいる。今回、この『冤罪File』を採り上げると言った瞬間に、TBSラジオの番組スタッフは「それ、誰が読むの!?」とのけぞった。

――実際、誰が読むんですか?

今井: どういう方が読んで下さるかっていうのは、僕らも正直言って、蓋を開けるまで分かんないというところがあるんです。けど、気持ちとしては、今おっしゃったような「誰が読むの!?」ってのけぞった方に、ぜひ読んで欲しいです。
 冤罪の被害に遭ってる人達って、捕まる瞬間の1秒前まで、(「自分の話じゃない」って)皆思ってるわけですよ。「自分はまともにしっかり生きてる。誰にも後ろ指さされないぞ」と思ってても、だからと言って、自分の家の隣のアパートで殺人事件が起きないとは限らないわけです。近所に住んでるっていうことで疑われちゃって逮捕された人もいるわけで、誰にでも起こり得る。そういう意味では、「えー?」って言う方に読んでもらって、その「えー?」がちょっと変わって、「えー? 私も(巻き込まれ得るの)かなぁ」みたいに思ってもらえると嬉しいなという感じです。

■「反権力」より、個々の事件を大切に

創刊号の編集後記には、この『冤罪File』の基本姿勢が表れている。

―――――編集後記より抜粋――――――――――――――――――――――――――――
 「冤罪は国家権力の横暴である!」
 「警察・検察のファッショ体制を打破し、真に民主的な司法制度の確立を目指さなければならない!」
 冤罪事件を語る人々の中には、このような主張を述べる方がごく少数ではありますが見受けられます。(中略)
 しかし、私たちはひとつの冤罪事件を大きな問題に転換し、ひいては冒頭で述べたような「国家権力の暴力」であるかの如きイデオロギーには反対する立場をとり、あくまでも個々の事件をリベラルにとらえ解決していくことが望ましいと考えています。
 (中略)やってもいないのに犯人と断定され、すべての生活を奪われて獄中に放り込まれるという前近代的な出来事が何故起こり得るのか? またそういう冤罪事件のどこに問題点があるのか? を、この「冤罪ファイル」で多くの人々に知ってもらえれば幸いです。

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今井: 正に、この編集後記に書いてある事が、私達がこだわった部分というか、この雑誌を出そうと思った一番の発想だと思うんです。一つ一つの事件を緻密に扱うことが、世の中の裁判とか犯罪の捜査の仕方というものに対する、問題提起というか、一石を投じることになればいいなぁと。そこから生まれてくる結果っていうのは、非常に大きな社会的拡がりを持ってるので。結果としてそうなる(権力チェックになる)かな、という感じですね。

実際、冤罪事件だけを取り扱っている雑誌と聞いた瞬間に、「どんな怖い人達が作ってるんだろう」と引いてしまう人も結構多いかもしれないが、この編集後記を読むと、すっと敷居が下がって、入りやすい。

■それでもボクはやってない

この敷居の低さを象徴しているのが、記念すべき創刊号最初の記事。映画監督・周防正行さんへの、今井さんによる長いインタビューだ。去年の今頃、痴漢冤罪をテーマとした映画『それでもボクはやってない』がヒットし、このコーナーでも封切の当日から2週に渡って採り上げた。

今井: もう1年も経ってしまって、周防監督も映画の後、いろんなインタビューに出られてたので、正直言って、「これだけ沢山インタビューされてると、新しい事を聞き出すのはもう無理かなぁ」って思ってたんですけど、意外にと言ったら失礼かもしれないんですが、凄く沢山面白い話を聞かせて頂いて。多分それは、監督があの映画を作られた後も、裁判の傍聴に行かれたり弁護団の会議に出られたり、凄く裁判とか冤罪に対して継続して関心を持たれて、ずっとそういうリサーチをされているせいだと思うんです。映画以降のいろんなインタビューの中からでも伺えなかった、新しい話が聞けました。

周防監督へのインタビューに続いて、創刊号では、この映画のモデルの一部にもなった実際の痴漢冤罪事件の中から、2つの事例を特集している。

今井: たまたま両方とも西武新宿線で起きた事件で、2つとも一審で有罪、特に矢田部さんの場合は実刑判決だったんですが、それが控訴審で逆転無罪になったケースなんです。
  無罪が確定したケースを敢えて2つ採り上げた理由というのは、「無罪になったからって、めでたしめでたしじゃないよ」ということを是非伝えたかったんです。やっぱり百数十日とか200日とか拘留されて、仕事も一旦失って。幸いな事に、この2人は元の職場に復帰されてるんですけど、それって凄く珍しいケースで、無罪になっても、ほとんどが前の職場を失ってしまって、場合によっては離婚されてるケースもいっぱいあります。経済的な負担も物凄く大きくて、裁判をやったために実際何百万円という借金が出来てしまってると言う方もいらっしゃるし、無罪になっても、全然めでたしめでたしじゃないんです。だからやっぱり、冤罪は、本当に《元を断たなきゃダメ》だな、と。裁判で無罪になるよりも、まずそれが起きる原因を断たなきゃいけないなと。どんなに苦しいのか、ということをお伝えしたい。

この2つの事件は、電車の中での痴漢に間違われたというケースで、本当に誰にでも起こり得るという意味では、読者にとっても実に身近なものだ。
各ページの下にびっしりと連なる注釈も、「刑事補償」「任意同行」「保釈」等、インタビューに出てくる専門用語を一つ一つ丁寧に説明していて、司法に詳しくない読者でも置き去りにされることがないようにと、非常に充実している。

今井: 見方によっては、ちょっとうるさいかなとも思ったんですけど。分かってるようで分からない言葉って、きちんと説明しないといけないなぁ、って。

■ 裁判官という《人間》に迫る

今回、池添さんが書かれた2本の記事のうち、1本目は、「名張毒ぶどう酒事件で再審開始決定を取り消した門野博裁判長とはどういう人か」という記事だ。

――これは、事件そのものでなく、裁判官を一人の人間として見て、その個性を取材しているという…まさに“眼のツケドコロ”ですね!

池添: ありがとうございます。名張毒ぶどう酒事件というのがありまして、その再審開始決定を一旦、名古屋高等裁判所でしたんですけれども、それを取り消したのがこの門野博裁判長という人なんです。一体、その裁判官ってどういう人なのかっていうのを、経歴や過去の判例を含めて調べて、裁判官という《人物》を浮かび上がらせよう、というのがテーマだったんです。

読んでいて新鮮なのは、決して批判一辺倒でなく、この裁判長が今まで色んな判決で評価されてきた事実も列記されていることだ。

池添: 最初は僕も、再審決定を取り消すなんて、どう考えてもおかしいじゃないかということで、そういうところから仮説を立てて取材を始めたんです。同期の裁判官とか弁護士になっている方、当事者とか、いろんな人にお話を聞いたんですけれども、必ずしもそういう人権感覚が麻痺したばかりの人ではないなというのが、取材を通して浮かび上がって来たんです。門野さんが下された判例を調べてみたら、無罪判決も出してるし、僕自身も「あ、意外だなぁ」と感じました。一方的に批判するんじゃなくて、どういった人物かを浮かび上がらせるという記事です。

大手メディア・市民メディアを問わず、記者の中には、「取材開始前にあらかじめ自分の中で思い描いたストーリー」に囚われ過ぎて、実際の取材でそれに反する材料が出てくると無意識のうちに排除して“分かりやすい話”に仕立て上げてしまう癖のある者が、少なからずいる。池添さんの記事には、そういった自縄自縛の偏りが感じられず、公平に提示された材料から読者が自分の頭で「門野裁判官の人物像」を判断することができる。

■周防監督が頼りにした1冊

余談だが、“裁判官という人間に着目する”という発想から、池添さんは以前、『裁判官WHO’S WHO』という著書も出している。

――首都圏の裁判官一人一人が、今までどういう判決を出しているかとかを調べて…?

池添: そうです。いわゆる“裁判長”と言われている人に限ってるんですけれども、それだけでも200人程いるんです。普通の人は、僕も含めてですけど、裁判官というのは公正中立に判断をしてくれる人だっていう印象があったわけです。だけど、実際はそうじゃないっていうのがいっぱい見えてきてるんですね。
 僕は前、新聞記者をやってました。新聞記者時代から司法関係の取材をしてると、「どう考えてもこの判決はおかしいだろうな」っていうのがいっぱい見えてきたんです。で、その裁判官一人一人について、どういった憲法感覚・人権感覚を持っているのかというのを調べていこうと思って出したのが、この『裁判官WHO’S WHO』っていう本だったんです。

今井: 先程ちょっと周防監督の話が出たんですけれども、監督はあの映画のリサーチのためにいろんな裁判を傍聴される時に、いつもこの池添さんの本を持って参照しながら傍聴に回られたっていう話を伺ったことがあるんです。

池添: 僕もご本人からそれを伺って、凄く嬉しくて。記者冥利に尽きるなっていうところがありました。

■「裁判員PRビデオ」を見比べよう!

『冤罪File』創刊号の話に戻そう。池添さんが書かれた2本目の記事、「裁判員PRビデオ上映会」のレポートも、ちょっとユニークだ。最高裁・法務省・日弁連がそれぞれ別々に作った、裁判員制度を説明する3本のビデオを、一般市民が見比べて論評する会。その模様をリポートしている。

池添: 1本1本は、1時間位あるんです。全部で3時間を超えるビデオなんですけども、はっきり言って退屈な作品が多くて。(苦笑) 会場にいた皆さんも、(それを一度に見なければならず)大変困っていたというところもあったんです。
 日弁連と法務省が作ったビデオは、ドラマとしてはそこそこ見れる内容でした。実際の裁判官や裁判所の姿としては、あり得ない内容ではあるんですけれども、あるべき司法、あるべき裁判官の姿を描いたと言う点では面白かったんです。

――“あり得ない内容”というのは、“クサ過ぎる”っていうことですか?

池添: “クサ過ぎる”っていうのもありますし、「こんな立派な裁判官なんか、そもそもいないよ!」って言いますか…。本当は、こういったビデオは(一般市民ではなく)裁判官に見てもらったら、己の姿勢とかももうちょっと変わってくるんじゃないかなっていう点では、面白かったですね。

■10年経った「東電OL」、進行中の「引野口」

この創刊号には、見出しになっているだけで冤罪を疑われている事件が10件近く並んでいる。中でも、多くの人が名前を聞いてすぐピンと思い出しそうなのは、いわゆる「東電OL殺人事件」だ。

今井: 「たしか、ゴビンダさんっていう人が逮捕されて、一審で無罪になって、その後どうなったのかな」っていう、その後の経過をご存じない方が大多数じゃないかなと思って。実は彼は、一審で無罪だったのに控訴審で有罪になって、結局無期刑が確定して、現在横浜刑務所で服役しながら再審請求、要するにもう1回裁判をやり直してくれという手続きをやっていて、日弁連もそれを正式に支援しているという状態なんです。事件が起きてから、昨年がちょうど10年目だったんです。それで、かつて非常に大きく報道された事件を、もう1回検証してみようと思ったんです。

創刊号の最後のページには、『冤罪File』次号(5月1日発売予定)の予告が載っている。その目玉記事は、「ついに判決!! 福岡引野口事件 判決公判緊急レポート」。民家が全焼し、焼け跡から見つかった男性の遺体が、火災ではなく殺害されたものであることが判り、実の妹が容疑者として逮捕・起訴されている事件だ。

――まさに現在進行形の事件も、リアルタイムで追っかけているわけですね。

今井: そうです。現実の裁判っていうのは、雑誌のスケジュールに合わせて進行くれるわけじゃないので、なかなか難しいんですけど、引野口事件っていうのは、今回の創刊号でも一番力を入れて取材した事件なんです。北九州で起きた事件なので、東京近辺ではあまり報道されてないかと思うんです。ともかく(妹さん)ご本人は、ずっと否認をしてらっしゃって、証拠もほとんど何も無いんですよ。3月5日に判決が出ますけれども、僕は、この日の判決は多分全国紙に大きく出るだろうと思うので、皆さんに是非注目して欲しいんです。というのは、無罪判決だと絶対思ってるからです。

果たして、この進行中の事件の判決が今井さんの言う通り「冤罪」「無罪」ということになるのかどうか、今井さんの見方が当たるかどうかということも含めて注目したい。

冤罪が問われている事件について、これだけ一遍に勉強できる雑誌は、他に無い。判決文が《有罪と判断したポイント》や、《そのどこに疑問があるか》が並列して載っており、読み比べること自体、知的に面白い読み物である。

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