阪神大震災から13年…『日本災害復興学会』ついに発足!

放送日:2008/1/19

阪神大震災から、一昨日で丸13年が経った。このコーナーでも、去年を除く毎年、様々な角度から震災の“その後”を伝えてきた。そこから共通して浮かびあがって来るのは、あの体験を教訓として、何とか未来に生かそうとしている人々の前向きな取り組みだった。―――そして、今年、ついにその努力が、一つの大きなステップを迎えた。
『日本災害復興学会』という新しい学会が、今週初め、日本に誕生したのだ。その場で初代・学会長に選ばれた、神戸大学名誉教授の室崎益輝さんにお話を伺う。

■今、目の前の問題に役立つ学問を

――災害を研究する学会ではなくて、災害「復興」学会という名前がユニークですね。

室崎: 災害が起きた後の復旧とか復興というものを研究する取組みは、(今まで)ほとんど無かったんですね。それ故に、災害の後、人々は非常に苦労する。住宅がいつまでも建たないとか、地域の経済が戻らないとか、そういう問題が、今日本の国には山積してるんですよ。ですから、この問題をしっかり考えていく学会が要る、ということで、「復興学会」と名づけたんです。

阪神、中越、中越沖地震の現場を見るたびに、何とかこういったノウハウの体系が出来ないものかと思っていたので、この学会の誕生は、非常に嬉しい。

――今までは、復興のノウハウ・知識ということに関しては、行政や民間のNPO、ボランティアの人達が、現場でそれぞれに担っている感がありましたけど、「学会」ということは、学問の世界でそれを担おうということですか?

室崎: そうです。被災地には今までも、学者というか研究者が入っているんですけど、それはむしろ論文を書くと言うか、《研究の素材集め》として入っていたわけです。重要なことは、今そこで困っている人達をどう支えるか、元気づけるか、ということが必要。正に、《今の現場の問題を解決》していくような専門家が非常に少なかったと思うんです。
 だけど、そこに、専門家が入って行かないといけない問題が随分あるんですよ。例えば、住宅が壊れた後で、危険だという判断で赤い紙や黄色い紙が貼られます。すると、ボランティアが片付けに行こうと思うと、「入ってはいけませんよ」ということで門前払いをされちゃう。いつまでもたっても、後片付けが進まない、というのが今(まで)の実態だったんです。そこに、建築がよく分かった専門家・研究者が行って、「この建物はこういう形で入ったらいいよ」とアドバイスすれば、ボランティアと専門家が一緒になって後片付けがやれるという状況になるんです。
 ですから、ボランティアも行政も専門的な知識を必要としていたので、そこに私達のような専門家が入っていくことによって、一つのスクラムの体勢が出来てくるというのが、この学会のポイントだし、復興というのは、まさにそうでなければならないと思います。

なるほど、たった一つの例を出していただいただけでも、現場で今すぐ役に立つ学問だ。その辺りは、今までの学会の堅いイメージを打ち破っている。

■被災者も支援者も、学者も業者も記者も

今回の総会で採択された学会の会則を見ると、第5条「会員の定義」では、「災害復興にかかわる研究に従事、あるいは関心を有する者、被災地・被災者支援に携わる者、被災体験を語り継ごうとする者ら個人」とある。

――ここで現場の人達が、幅広く入って来ますね。

室崎: 復興というものは、いろんな人々の支え合い・協力が無ければ成り立たないと思っているわけです。ボランティアもいるし、行政も頑張らないといけない。そこに専門家、それからもっといろんな立場、いろんな状況の人達が関わり合いを持って、力を合わせることによって復興は成り立つわけです。そうしないと、復興の全体像が見えて来ないので、いわゆる昔ながらの狭い意味での専門家・学者の世界ではなくて、もっと幅広く皆が入って来れるようなものにしたいと。

――その「皆」というのは、今週13、14日に開かれた初回学会では、具体的にどんな人達が集まったんですか?

室崎: まさに、被災者自身、中越沖や能登で、今まさに復興の街づくりをやって、いろいろ考えている人達。それから、その被災者を支えるボランティアとかNPOの団体。あるいは、一緒になってケア活動をしている看護師や医者の人達が参加してくれてます。更に、そういう人達を支えていこうと思ったら法律の問題が避けて通れないということになって、今度は法律家・弁護士。それから、住宅の問題は、建築士や土木の技術屋がいないといけないということで、そういう人達が入ってくる。それに加えて、いろんな防災の研究者。当然、行政の人も入って来ています。
  もう一つユニークなのは、メディアというかマスコミ関係の人も随分沢山入って頂いているんです。マスコミも、復興の過程で言うと、単に外から見て報道する側だけではなくて、被災者と一緒になって、被災者や現地の声を伝える当事者として、凄く大切です。そういうことで、沢山のメディア関係の方も、私達の学会に賛同して入って頂いてます。

――じゃあ、私も入会できますか?

室崎: もちろん、是非参加して頂きたいと思います。

かく言う室崎さん自身も、本業は学者ではなく、消防庁消防研究センター所長という“現場人”だ。この他、今回の学会には、防災コンサルタントや損保会社など、全国から多分野の専門家160人以上が参加している。発起人一同の名前で出された趣旨書に挙げられている学問の種類も、法律学、行政学、金融・財政学、地方自治論、都市計画学、社会学、歴史学、保険学、医学、看護学、建築学・・・と多岐に渡っており、まさに総動員だ。

室崎: 研究者の中でも、今までは《縦割り》の学問だったわけです。そうじゃなくて、研究者も、例えば文系と理系だって《融合》しないといけない。更に理系の中でも地震学あるいは防災学、建築学など、いろんな縦割りの分野があるんだけれども、そういう垣根を取り払って、皆で一緒に考えるような所にしたいという意味では、分野も非常に拡がっていると思います。いわば、《人の総合化》です。

■意味づけ、仕組みを作り、社会を変える

――学会の基本的な考え方として、室崎さんは、3つの視点を提唱していますね。まず1点目が、「教訓を文化に」。

室崎: せっかく苦しい中で培ったものの《意味づけ》をしっかりして、我々の《確信にしていく》。例えば、「共に助け合うっていうことは凄く大切だ」ということが1つの確信になるようにしていく。そこは、学会ですので、少しきちっと意味づけをしていく。それが視点の第1です。

――2点目は、「巨大災害に備える仕組み作り」。

室崎: それ(教訓を文化にすること)によって、次の災害に備える為の《仕組みを作る》ということを常に頭においておかないといけない。私達がしっかり今、復興についての理論化なり知恵の集積をしておけば、次の大きな地震、例えば首都圏の大地震とか、東海地震、南海地震が起きた後で、復興が問題になった時にそれが役立ちます。

――そして視点の3番目は、復興を通じて、「日本社会のあり方を考える」。

室崎: 単に災害に備えるということにとどまらず、将来の社会をどうしていくか。例えば、私達が復興の議論をしているときに、「都市と農村はもっと交流しないといけない」とか、「自然というものをしっかり残さないといけない」、あるいは、「高齢化社会で高齢者が安心して生活できるようなコミュニティを作らないといけない」ということを議論していくわけです。それは単に、災害からの復興を議論しているのではなくて、将来の社会像、日本のあり方を議論してるんですね。復興を考えるということは、まさに《日本の将来像を考える》ということなので、視点を広くしながら、日本だけじゃなくて地球の将来をしっかり語っていくようなものにしたいと思っているわけです。

確かに、地震で揺さぶられると、その社会の表面のメッキが振り落とされ、本当の地金が剥き出しになる。この事は、大きな地震の被災地を取材で訪れるたびに私も実感することだ。そこにすぐまた新たなメッキを上塗りするのでなく、せっかく明らかになった地金そのものに改良を施そう、というのが、この発想だろう。

■心の復興も、ゴールのデザインも、次の予防も

この3つの視点に基づく具体的な研究の方向性として、室崎さんは更に、3つの総合化をテーマに挙げている。

――第1は、「復興課題の総合化」。

室崎: 復興というのは単に住まいの復興だけではない。それ以前に心の復興という、生きがいみたいなものをしっかり作らないといけない。それだけじゃなくて、地域社会のコミュニティも作らないといけない。住まいの復興、暮らしの復興、心の復興、コミュニティの復興というものを、一体の物として総合的に捉えていく、ということです。

――第2は、「制度論、デザイン論、運動論、…の有機的総合化」。

室崎: 研究する側、学会の側からすると、どうすれば復興が進むのかというと、まず復興の為の法律や制度がないといけないんですね。制度としてどうあるべきか、ということを議論しましょう、と。また、復興の計画というかビジョンというか、どういう町にしたらいいのか、どういう集落に戻せばいいのかという《ゴールを具体的に》示さないといけない。そういうものを計画論というんですけど、計画の立場からしっかりデザインしないといけない。それから、これが一番重要な事なんですけど、復興の街づくりをやるために、皆、汗を流す。そういう、《汗を流していくプロセス》を運動論として捉えます。

――そして第3は、「予防と復興の総合化」。

室崎: 復興というと、災害が終わってから後の話のように思われる。ところが、予防と復興というのは、車の両輪のようなものなんです。復興だけやってても駄目だし、予防だけやっていても駄目なんです。

■“災害版Wikipedia”を皆で作ろう!

この学会は、各分野の《今》を横に繋いでいるだけではない。《過去》の体験を現在に繋ぐ仕組みも、構築しようとしている。阪神大震災や新潟県中越地震など、過去の被災地での復興経験は、これまで、その地域で蓄積されるにとどまる部分がまだまだ多く、新たな災害が起こるたびに復興のあり方を模索する必要があった。『日本災害復興学会』は、現場と連携しながら、それぞれの被災地での経験から得られた知恵をデータベース化し、「災害版ウィキペディア」とでも呼べそうな新しいシステム作りをスタートしているという。

室崎: インターネットなり、情報のいろんなツールを使いながら、「こういう情報が欲しいな」と思った時に、いつでもアクセスをして情報が得られるような仕組みです。いろんな復興のデータベースみたいなものが、常にいつでもパソコンからアクセスできる。その情報発信を常にしておこうと、まず“復興百科事典”的なものを立ち上げます。例えば「中越の(柏崎市)えんま通り(商店街)の復興があるよ」と耳にしてこの事典を引けば、必ず詳細が載っていて、どんな苦労をしてどういう事をしたかって分かるようになるんです。

――次の被災地で途方に暮れた人が、前の経験者から情報を直に引き出せるわけですね。

室崎: そうです。まさに、情報を発信して提供するのが大きな役割です。その知恵を身につければ、復興もスムーズに行くし、困った事がどんどん解決して行くのではないかと思うんです。

単に情報が載っているだけではなくて、今インターネット上にある電子百科事典「ウィキペディア」と同じ形式で、誰でも書き込めるようになっているという。

室崎: 皆で支え合って作っていく、皆の知恵を集めるということは、まさに、内容そのものを皆が書き込んで皆でチェックをし合える、ということだと思うんです。

――学者だけじゃなくて、経験者は、誰でも書いていいんですね?

室崎: そうです。むしろ学者よりも、現場で経験した人の知恵や体験談の方が、遥かに重みを持ってると思うんです。
 ホームページはなるべく早く立ち上げて、皆がいろんな形でアクセス出来るようにし、意見を聞きたいです。国民の皆さんが誰でもアクセス出来るのは、多分4月ぐらいからです。

■“次の被災地”東京を舞台に

――学会は、復興デザイン・復興制度・復興報道の3つの研究体に分かれて、今後活動していくそうですが、全体の大会は、次はいつなんですか?

室崎: 次は、今年の秋に東京です。これは、首都直下型地震がもうすぐかもしれないというので。災害が起きてから復興を議論しても仕方が無い。今、復興の事を議論しておくのが、首都直下への最大の備えではないかということで、東京でやらして頂こうと思ってます。

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