遂に事業移行! コムスン所属介護士達の再出発

放送日:2007/11/10

先週木曜(11月1日)をもって、あのコムスンの介護サービスの殆どが、都道府県ごとに分割されて同業他社や医療法人などに引き継がれた。色々な不正が指摘され、介護事業からコムスンの撤退が決まったのが今年6月。以来、先月末日までコムスンに踏みとどまって現場で介護スタッフを続けてきた人達は、そのまま新たな事業者の下で、今まで通りに仕事を続ける形になったが、彼らは今、どんな思いでいるのか?

■「コムスンが一番」というスタッフの思い

鹿児島県では、地元の徳洲会病院がコムスンの事業をスタッフ・利用者丸抱えで引き継ぎ、『株式会社ケアネット徳洲会鹿児島』という新会社組織を立ち上げた。そこで、センター長(現場事務所のトップ)という肩書きのAさんに会った。つい前日まで鹿児島のコムスンで同じポジションにいたAさんから、新会社になった初日の朝に私が頂いた名刺の裏には、「長い間コムスンを支援していただきありがとうございます。引き続き株式会社ケアネット徳洲会鹿児島をよろしくお願いいたします」と印刷されていた。これは、徳洲会側が気を利かせて入れた文言だという。普通の後継者なら、心機一転、「コムスン」というネガティブな名前は早く一掃したいところだろうに。

Aさん: 昨日(会社から)頂いて、新しい名刺だと思って見てて、ふっと裏を見たら(この一文が)書いてあったので、お心遣いが凄く嬉しくて、本当に(胸が)熱くなりました。やっぱり、承継されて全く何もかも無くなってしまうと言う思いがあったんで、ここにほんの一言だったんですけど、本当に嬉しかったです。やっぱりこういう結果になっても(コムスンに)感謝はしていますので。

下村: 感謝?

Aさん: はい。いろいろとやっぱり学ぶことも多かったし、教えてもらったことも多かったので…。(涙)
 2000年の介護保険が始まった時に、コムスンに入社いたしまして、ずっとコムスンの中で勉強して来ましたので、やっぱり自分はコムスンに育てていただいたと思ってますから、感謝はしています。お客様に対するケアであったりとか、接し方であったりとか、「うちが一番」って私はいつも言っていますので、どこにも負けないっていう自信はあります。

下村: プライドですね。

Aさん: そうですね。皆、それは持っていると思います。

確かに、コムスンは手続き的な不正行為は色々指摘されたが、現場の介護の仕方に問題ありと摘発されたわけではなかった。しかし今までは、こんな事を公言しようものなら、“盗人猛々しい”と世間からどんなに批判されるか判らなかった。コムスン本社からもスタッフに、「何もコメントするな」と緘口令が出ていた。コムスン社員という立場から解放された先週、初めて胸中を打ち明けてくれたというわけだ。

■石を投げられ、「人殺し」と言われ…

ユニフォームや在宅介護に向かう車など、全て新しい事業体のものに一新されたかと思いきや、鹿児島の場合は、この時点で車体にはまだ堂々と「コムスン」のマークが残り、ピンクのシャツのユニフォームもそのままだった。これは後継者である徳洲会の方針で、利用者に不安を与えないよう、なるべく見た目の変化を少なくしたい、という措置だという。いずれは徐々に変えていくのだというが、実はその車やユニフォームを巡っても、6月の事件発覚以来、こんな事が起きていた。

Aさん: 小学生が、ただ訳も分からず「あ、コムスンだ」って言って、石を投げたと。

下村: どこに向かってですか?

Aさん: コムスンのロゴのついた車にです。なので、そのセンターのスタッフは怖がって、「このユニフォームを着たくない」と。「ロゴは外しても構わない。制服で行くのが危険を伴うのであれば、制服は着なくてもいいですよ」という指示が出たほどでした。
 とにかく騒動があってから、正直言って「どっかでぶちまけたいよね」っていう思いはあったんですよ。報道の方で「不正」と言われて、実際不正と言われる事もあったんだと思います。でもやっぱり最先端で働いているスタッフは、日々の一日一日1つ1つのお客様のケアを大事に大事にして、本当に素晴らしいケアをしてきたので、やっぱりあれはショックでした。正直なところ、「言えるもんなら言いたいよね。本当の気持ちが言えればどんなに楽だろう」という思いはあったんですけども、やっぱり、世間が全く「100%黒だよ」って認めている時にいくら私達が「全部が全部、黒じゃないですよ。こういう白の部分もあるんですよ」って言っても、多分聞き入れてもらえないんだろうな、それはやっぱり、時が解決するのかなと思って…。

Bさん(Aさんの片腕スタッフ): 遠くから「人殺し」みたいな事を言われたりとか、いうこともありました。それで涙したケアスタッフの悔しさは、今から返していくものであると思っています。

下村: であれば逆に、これからこのピンクのシャツを脱ぐ日が来るのは、辛くないですか?

Bさん: それは辛いですよ、やっぱり。辛いですけども、まあこういうことがあった以上は、1つの節目だと考えて、私達はコムスンの学校を卒業して、その資格をもって徳洲会にまた入学する、という気持ちでやっていこうと思っています。

Bさんは、今月1日の朝、徳洲会病院の中で行なわれた旧コムスン社員達を迎え入れる入社式の間じゅう、何度も涙ぐんでいた。彼女の胸には、おそらく様々な思いが去来していたのだろう。

■「コムスンから、勉強させてもらいたい」

このコムスンの人達を引き継いで迎え入れた側の事業者は、どんな思いなのだろうか? 徳洲会の東京本部から派遣されて来て、今回の受け皿組織である『株式会社ケアネット徳洲会鹿児島』の初代社長に就任した田村定雄さんは、こう話す。

下村: コムスンの従業員の方にお会いされて、感じたことはあります?

田村: 僕は感激しています。一生懸命に前向きに、一生懸命にやっているんですよ、本当に。それを何かの形で残して、又発展させてやりたいなとは思いますけども。

下村: コムスンにあって、徳州会に無かったものは何ですか?

田村: 徳州会の訪問介護は、24時間は、やってなかったですね。夜はあまりやっていないんですよ。このコムスンさんがそのような事をやっているという事は、僕が見ていて、すごく頑張っているなと思っていました。一緒の仲間になって勉強させてほしいなという気持ちですね。

今回の介護サービス事業移行が、コムスンの失敗した所ではなく、長所を受け継ぐものになればいい。
だが、失敗してしまった所もしっかりと検証していかないと、「法を守らなくてもいい」という経営判断まで継承されてしまっては、単なる看板の架け替えに終わってしまい、“バトンタッチ”の意味がない。その検証をする上で直視すべきポイントを、今回Bさんから聞けた。「法律は法律」という風土が生まれたことと関係するかもしれない、貴重な現場の本音だ。

■柔軟にしたい現場と、厳密にしたい法との狭間

「やってない」仕事を「やった」と報告して報酬を水増し請求するのは弁解の余地ない不正だが、実はその逆――「やった」仕事を「やってない」ことにする嘘の報告は、現実に起こりがちだとBさんは言う。その背景には、介護保険法ができて、「この人にはこの介護サービスを行い、従って幾ら報酬を支給する」という規定が、極めて細かく定められるようになったという事情がある。

Bさん: 私達の仕事には、《法を守る》ことと《人情》という(ことの狭間に)、ギリギリのラインがあるんですね。本当に「手が痛いから、これをして欲しいのよ」と言われた時に、「法律ですから出来ません」って言うことが、質の良いヘルパーであればあるほど温かい人が多いので、言いにくい時もあります。そこを「すみません、介護保険法では出来ないんです」ってお断りしていかなければならない。安易に「あ、いいですよ。黙ってますから」って言うことが出来ない。でも過去は、それが通用した部分はありましたよね。
 だからこの4ヶ月間は、法を守るという事を、十分教えられたという期間でもあったと思います。この4ヶ月で一番学んだ事は、《法を守れば、私達も法から守られる》っていう事です。

以前は、定められてないサービスをその場で利用者の人に頼まれて追加してしまい、それはルール外だから報告せず黙っている、ということを時々やっていた、という現場の本音。それは優しさから出た事なのだが、そういう事が度重なれば、「法律は建前。現実とは別物」という意識が芽生える温床には、確かになり得るかもしれない。
ここは非常に難しいところで、「実態に即応し、もっと柔軟に介護保険法を運用しろ」と簡単には言えない。もともと国民が払っている介護保険料や税金を財源にして介護報酬として配分しているわけだから、適当に「いいよ、いいよ」と上乗せされては困る。だがその一方で、その厳格さに現場が不自由を感じているという事実も、我々が皆で知って考えるべきテーマだ。

■これにて一件落着…にあらず!

ホームヘルパーの年収は、全国平均で260万円。そんな労働環境の厳しい現実を、Bさんはこう語る。

Bさん: 今から“超高齢化社会”と言われる中で、高齢者の方はどんどん増えていく。でも今現在、介護の世界から人がどんどん逃げているんです。本当に心ある介護士が、「結婚して家族を養っていけないから」ということで、介護の世界から出て行く、出て行かざるを得ないというのが、とても残念なんです。それで残った人達は、家庭を犠牲にして、子供に寂しい思いをさせて、主人の世話もなかなかできずに、夜通し頑張る。そうしなければ、少なくなった人数で守っていくことは出来ないんですね。
 「女優になりなさい」っていう言葉は、介護の世界では本当によく聞かれる話なんですね。「家で辛い事があったり、子供の反抗にあったり、喧嘩をしたり。そういうのは、お客様の玄関を開けたときには全て忘れて、ヘルパーを演じるんだよ」っていうことを、先輩からも聞いています。

下村: これからも“演じる”わけですね。

Bさん: やはりお客様にどれだけ笑っていただけるか、笑顔を出していただけるか。昨日まで元気で、今日から急に半身不随、全身不随っていうお客様もいらっしゃる。その方々に笑っていただけるっていうのは、こちらが生半可な気持ちではやっぱり出来ないことです。(お客様から)「あなた達にはわからないでしょ」って言われても、そこはにっこり笑って「分からないけど、力になりたいんです」って言う事が出来れば…。まぁ難しいんですけど、そこを伝えて行きたいなって思ってるんです。

介護は、これからの日本社会における大問題なのに、当事者だけにこんなにしわ寄せしたままで本当によいのだろうか? コムスンという一企業が業界から消えてめでたしめでたし、という話では全くない。

▲ ページ先頭へ