北朝鮮ミサイル問題(3) 射程内アラスカ現地の空気は…

放送日:2006/08/19

今、夏休みで米国アラスカ州に来ている。アラスカは旧ソ連と直接隣り合っていた為、かつての東西冷戦時代には、米ソ対峙の“最前線”だった。その後は緊張が緩和していたが、先月、北朝鮮がアラスカを射程内に収めるミサイル「テポドン」を、よりによって米国独立記念日に発射した――ということで、再び軍事的な緊張は多少なりとも高まっているのか、身の周りでちょっと情報収集をしてみた。

■地元紙の大特集と、地元民の無関心

アラスカ中央部で100年以上続く、伝統ある日刊紙『Daily News‐Miner』は、北朝鮮がミサイルを撃つ1週間余り前の6月26日付の紙面で、同国の不穏な動きを受けて、既にミサイル防衛システムの大特集を組んでいた。第1面の約8割と、社会面(複数ある)の1ページ全部を割いて、地元アラスカの防衛体制を詳しく紹介している。
それによると、アラスカには今、1万9千人の米軍が配備されているという。これは、在日米軍の半分強の規模だ。私が今いるフェアバンクスはアラスカ州の内陸部で、州のほぼ真ん中に位置するが、そこから南東に少し行った所にフォート・グリーリーという米軍基地がある。その基地の地下サイロに、一昨年から迎撃ミサイルの配備が始まり、今年に入って9本目まで設置が終わり、現在更に増強中だという。この迎撃体制の為に200人の軍人と、およそ1000人の民間人の契約作業員が配置されているという体制だ。
特集記事の第1面中央には、1本目の迎撃ミサイルの巨大な本体がサイロに設置される作業の写真が、大きく掲載されている。
日本で最近、沖縄の嘉手納基地などに配備されることになった「パトリオット3」は、トラックの荷台のような所から発射できるサイズで、間近に迫った相手のミサイルを迎え撃つタイプだが、アラスカに配備されているのは、その前の軌道上の段階で相手に正面衝突する、大きなロケットのような図体のものだ。アラスカ州の本土からずっと南西(=北朝鮮方向)に伸びるアリューシャン列島にも、弾道ミサイルを監視するレーダーが来年には配備される予定だと、この特集記事は報じている。
そしてこの記事が出た1週間後、実際に北朝鮮からミサイルが7発発射されたわけだが、当地の反応はどうだったのか?フェアバンクス郊外の森の中に、10年余り前に大阪から移り住んで、犬ゾリ用の犬の世話や畑仕事をして暮らす、舟津恭江さん(眼のツケドコロ・市民記者番号No.33)に話を聞いた。

下村:
こっちのアラスカの人達の間で話題になったことは?
舟津:
こっちのね、何て言うの、日本ではどうなってるか知らないけど、そんなにシリアスではない。あまりにも遠すぎるっていうのがあるかも知れないけど。「アラスカに来るかもしれない」っていう、そういう情報はあったけど、「絶対来ない」って思ってる、皆(笑)。皆思ってるから、平気なんじゃないですか?
下村:
なんで「絶対来ない」って思うんですか?
舟津:
だって考えたって、来るって思えないもの。日本の方がどういう風に思ってるのか分からないけど、だって、もっとシリアスに考えてるんだったら、(アメリカ人の)友達なんかに会ったらすぐにそういう話題になると思うのね。でも全然、1回もならなかったもん。

アメリカ人との間で話題にすら上らなかったとは、ちょっと拍子抜けだ。

■どうせ森か川に落ちるだけ

発射直後(7月5日付)の先述の地元紙『Daily News-Miner』を見てみると、第1面の真ん中には、前日が独立記念日だったという事もあり、大きく星条旗を掲げたお爺さんの写真が掲載され、その右並びに「挑発的な北朝鮮がミサイル実験」という大見出しがある。これは、その下にあるシャトル打ち上げ成功の記事より、一応大きな扱いだ。ただし、1週間前の特集記事と違って、NYタイムズ紙からの丸ごと引用で、独自のアラスカ目線での関心は無い。文中には、「米国当局はこれを深刻な脅威とは考えていない。なぜならこのミサイルが武器を装備しているという証拠が無いからだ」と、非常に冷静に書かれている。
仮にも第1面の記事になった事柄が、果たして地元の人々の間で本当に話題にならなかったのか?
一昨日(8月17日)、フェアバンクス唯一の遊園地である『パイオニアパーク』で、米軍の家族感謝デーのイベントがあった。制服姿の軍人が家族連れで大勢訪れていたが、「北朝鮮のミサイル射程内ということでの緊張は無いのか?」と園内で話しかけてみると、一笑に伏されてしまった。私の友人のフェアバンクス市民ウォルター氏も、「全然、脅威じゃないよ」と関心を示さない。また、一緒に釣りをしたアラスカ大学職員のリード氏は、「北朝鮮よりキューバ情勢の方が気になる」と言っていた。遥か大陸の反対側にあるキューバよりも、こちら側にある北朝鮮への関心が薄いのは何故かと尋ねると、「ミサイルが飛んで来たって、どうせ森か川に落ちるだけだから問題ない」と言う。確かに、アラスカの人口密度は、1キロ四方あたり0.4人。東京23区の約13,000人とは比べ物にならない。飛んで来ても、人に当たる恐れは5桁も少ない。これはもう、日本に暮らしていたら持ち得ない感覚だ。実は舟津さんも、同じような事を言っていた。

舟津:
だって、どっか森の中で大きな地震が起きたって、人が住んでなかったら全然問題にならないんだから。響いて来ないんだもん。(感覚が)全然違うと思う。だって日本では、どこに落ちたって当たるんですから。…そうよね、そういう意味では、すごいよね。
下村:
いつ発射したか、覚えてる?
舟津:
覚えてない!
下村:
独立記念日。
舟津:
あ、そうっかぁ。
下村:
それ(について)も、別にアメリカ人の人、言ってなかった?発射直後も。
舟津:
言ってなかったねぇ。
下村:
やっぱり、ほとんど相手にしてないね。
舟津:
でもね、テレビでは言ってたのかもしれないですよ。私達、テレビ見ないから分かんない。日本だったら、どのチャンネルに回してもその話題になってると思うけど、ここではそのニュースを一度流したら、もう晩まで無いから(笑)。
■「テポドン」よりもコワいもの

先述の地元紙は、発射2日後(7月7日付)の続報でも、引き続き第1面の一部分と社会面の丸々1ページを割いて詳細に報じてはいるが、注目すべきは、記事の内容が軍事的な情報(それもAP通信の引用)ばかりだという点だ。

  • 軍当局が、北朝鮮のミサイル発射当日と翌日に声明を出し、「これは米国領土には全く脅威にならないと直ちに断定できた」と公表したこと。
  • どこに迎撃ミサイルやXバンド・レーダーという監視システムが配備されているか。
  • それがどれほどの性能を持っているか。(例:Xバンドは数千km離れた野球ボールを発見でき、それが本物か偽物かも識別できる)。
  • 更に、そういう軍の説明に対して、どんな異論があるか
―――等に終始し、地元の記者が走り回って集めるはずの「街の反応」みたいな記事は1行も無い。ここが、日本の報道と極めて違う点だ。ポリシーとして「非専門家の反応」は描かないのか、あるいはそこまで取材する余力が無いのかは不明だが、そういう記事が無ければ、全体としては自ずと冷静なトーンの報道になる。
冒頭に紹介した特集記事の最初の一文は、こうだ。「もし北朝鮮が長距離ミサイルを発射したら、ペンタゴン(米国国防総省)は、まだ効果が証明されていないミサイル防衛システムの初めてのテストのチャンスを得ることになるかもしれない。」―――《ピンチ》だと煽るのではなく、《チャンス》だと捉えるその姿勢には、冷静さと言うより冷徹さすら感じられた。
ただこれは、舟津さんの断言した「絶対飛んで来るって思えない」という直感とは、全く別の次元の判断だ。舟津さんの言葉は、大自然の中で生きているからこそ出てくる、我々が忘れかけている極めて“まっとうな”感覚の産物だと私には聞こえた。

下村:
「絶対飛んで来ないと思った」ってのは、要するに、そんな長距離飛ばせるわけないっていう?
舟津:
と言うか、そこまで…だってさぁ、今の世の中ね、何が悲しくてさぁ、そういう事するわけ?でしょ?そういう事考えること自体、アホらしくなってくるもん。「ここに飛んで来る」…そんな事あるわけない、するわけないってね。人間同士じゃない?だからそんな事、信じたくないっていう気持ちからだと思いますけどね。
下村:
だったら、もし今大阪に住んでても、同じ気持ち?
舟津:
……日本だったら違うかもね。近すぎる。

今、アラスカ・フェアバンクスの人達の“安全保障上”の最大の関心事は、イエロージャケットというスズメ蜂のこと。この夏、原因不明の大発生をしていて、刺されて病院に駆け込む人が続出している。北朝鮮のミサイル発射の4日後には、舟津さんの知人が、刺されて病院に行く途中で亡くなった。『Daily News-Miner』紙も、今週初めの第1面トップで、このイエロージャケットの駆除方法を大々的に報じていた。
遠くから飛んでくるミサイルに撃たれる可能性よりも、間近に飛んでくる蜂に刺される可能性の方が、アラスカの人々にとっては、遥かに切実な問題のようだ。

▲ ページ先頭へ