北朝鮮ミサイル問題(1) 沖縄基地反対運動牧師に聞く

放送日:2006/07/29

今月5日、北朝鮮が7発のミサイルを発射した事に対応して、日米両政府では先日、飛んで来るミサイルを迎え撃つミサイル「パトリオット3」を沖縄の嘉手納基地などに配備する事に正式合意し、当初の予定を早め、来月から作業に入る事となった。
私は先日、このミサイル問題を最も身近に切実に感じているであろう、地元の沖縄の人達を『サタデーずばッと』で取材した。そのとき放送しなかったテープの中から、辺野古の米軍基地新設反対運動にずっと取り組んでいる中心メンバーの1人、平良夏芽牧師(眼のツケドコロ・市民記者番号No.31)のインタビューをご紹介する。

■問いが違うから、答も間違う

沖縄の米軍基地反対運動を続けてきた人達にとって、今回のミサイル問題で世論が強硬になった事は、逆風だろう。少なくとも平良さん自身や中心メンバーは、そんな逆風への危機感から、基地反対の思いをむしろ強めているが、彼らの周辺には、それだけではない動揺も見てとれた。

下村:
この事態が起きて以来もっとも単純な問い、「現に北朝鮮からミサイルが飛んできたらどうするんだ?」という声も勢いを増して来ていますけど、どう答えますか?
平良:
まず、その問い自体が間違っています。その間違った問いがあってそれに答えようとするので、みんな軍備だとか戦争だという話にしかならないんです。軍備を補強すれば補強するほど、沖縄はよりターゲットにされるのです。武装しないで、攻撃のターゲットにならないでいるという方が大事だと思います。北がミサイルを《撃って来ない関係性》をどう作っていけるかと言う事を真剣に問うべきであって、《撃ったらどうするか》という問い自体が間違っていると思います。ですから、撃たない関係を作るしかないんですよ。
下村:
今この緊張感が高まる中で、それでも撃たない関係を作っていくには何をして行ったらいいんでしょう?
平良:
まず相手を“知る”とか“出会う”という事がものすごく大事になって来ると思います。そこに普通の人間が住んでいるんだという事を、私達が具体的に想像できるかどうか、だと思うんですね。

そうは言っても、今この緊張の高まりの中では、北朝鮮と日本の普通の人同士が知り合う交流の機会さえ、ますます持ちにくくなる一方だ。現に、9月に開かれる予定の平壌国際映画祭へは日本代表団の招待を取り消すと北朝鮮側から通告して来るなど、民間交流の扉もどんどん閉じられつつある。完全に閉じる前に、どうやって再び扉を押し開くか、道は険しい。

■象徴的な沖縄市議会保守派の右往左往

そんな空気を象徴するような出来事があった。米軍嘉手納基地を抱える地元の沖縄市議会は、当初、パトリオット・ミサイル配備反対決議を予定していたが、決議予定当日の朝にミサイル発射があった為、動揺し、結局、「こんな時に配備反対は言えないだろう」という事で反対決議は見送られたのだ。
ここに、幻の反対決議文がある。(抜粋紹介)

…パトリオットを配備することにより、兵員約600名と家族を合わせ約1,500人が新たに駐留することになり、(中略)ますます基地被害が強まることは必至である。(中略)嘉手納基地周辺住民はこれまで以上に危険と隣り合わせで、恐怖に脅える生活を余儀なくされることから断じて容認できるものではない。よって、沖縄市議会はいかなる理由があるにせよ、(中略)強く反対する。以上決議する。

「“いかなる理由”があっても反対する」と言っていたのに、直前にミサイル発射があった事は「“想定外”だった」と、野党である保守系議員たちは議場に入る事もボイコットし、夜中の12時に時間切れで決議はお流れとなった。与党の革新系議員たちは、「きちんと決議への反対議論を展開した上で採決に臨んで欲しい」と保守派に出席を促した。採決になれば、人数が多い保守派による否決も可能だったのだが、議会に出席して決議反対を表明すれば、今度は自分たち保守派が“基地賛成派”と見なされてしまう事を懸念し、悩んだ末にボイコットを選んだわけだ。沖縄市議会の基地に関する調査特別委員会の委員長は、「基地に心から反対というのも本音だが、今はパトリオットを認めるしかないというのも本音だ」と私に語った。
保守系議員たちから発せられた「本意ではないけれど、今は非常時だから、そんな議論をする時ではない」という言葉は、戦時中の“この非常時にそんな議論は出来ない”という精神状態と酷似しており、どんどん1つの方向に傾いていく社会の危うさが感じられる。これでは、脆弱な平和論と言われても仕方ない。平和論というものは、好戦論よりもたくましくあらねばならないのに。

■喜ぶ人達のこと、責められる人達のこと

沖縄タイムスは、「パトリオット抗議決議廃案、迎撃配備に追い風」という大見出しで事態を報じた。この「追い風」を、平良牧師は懸念する。

平良:
何を考えているのかは分からないけれども、これを喜ぶ人達が多いだろうなと思いました。
下村:
それは、例えばどんな人達ですか?
平良:
やっぱり、戦争をして儲ける人達っていうのがいるわけですよね。そういう人達が、危機を作って煽って、軍備が必要なんだという事を思わせようとしているんだと思います。そういう人達にとっては、嬉しい情報だっただろうなと思います。日米両政府が(北朝鮮に)お金を払って撃ってもらったんじゃないか、と思える位のタイミングですね。

少なくとも、軍備拡大をしたい人達にとって、これが絶好のタイミング到来である事は確かだ。(そのタイミングを「チャンス」と捉えるか「ピンチ」と捉えるかは、論の分かれるところだが。)
さらに、軍備拡大と並ぶもう1つの方向性である経済制裁強化についても、平良牧師は根本的な疑問を投げかける。

平良:
(北朝鮮が)仮にですよ、仮に本当に危ない国であったとしてもですよ。経済制裁や空爆で犠牲になるのは、その事と関係ない一番弱い層の人達なんですよね。独裁者は最後まで生き延びるでしょうから、やっぱりその事をしっかり分かって欲しいんです。
色々な人が発言している中で、「あの国の国民はその独裁国家を容認して支えているのだから、その国民も経済制裁やあるいはそれ以上の(攻撃に対する)責任を負う必要があるのだ」という発言は、その主張自体が論理的に破綻しています。独裁国家っていうのは“国民が政府に対して物を言えない”国家の事なんですよね。責任を負うとか負わないとか言う前に、国民には責任が無いのだという事をはっきり言わなきゃいけない。

確かに、フセイン大統領時代のイラクへの経済制裁を巡っても「苦しんでるのは国民だけ」という指摘はずっとあった。

■これからどうなる? 冷静組vs興奮組

このまま世論はどんどん対決色を強めて行くのか、それとも煽られずに踏み止まる事が出来るのか。平良牧師は、これからの日本社会の流れについて次のように見ている。

平良:
「大変だ!」という人達が多くなって行くと思いますよ。沖縄の近くにミサイルが1発落ちたら、今まで「反戦」って言っていたうねりも簡単にひっくり返されるんじゃないかっていう事は以前から言われていましたし、今はその心配の通りになりつつあるんだろうなと思っています。雰囲気とか、感情だけで流されて行ってしまうのは、非常に恐ろしい。危機感というのは簡単に煽れますから。
下村:
冷静に捉えている人達と、「大変だ!」って言う人達と、どっちが多くなって行くかですね。
平良:
(後者を抑えるために、前者が)同じ数がいる必要はないと思っています。たとえば読谷村の「シムクガマ」のように、1000人が避難したガマの中にたった2人の冷静なおじいちゃんがいて全員が助かった、という歴史もありますし。

「ガマ」というのは、現地の天然の洞窟の事。1945年3月、戦況が悪化した時に、防空壕として使われた周辺の他のガマでは、米軍に捕まる事を恐れて集団自決などの混乱が始まっていたが、シムクガマに避難していた1000人近くの島民は、その中にいたハワイ帰りの2人のおじいちゃんが米軍とのコミュニケーションの架け橋となり、全員助かった―――とされる逸話だ。
果たして、今回も逸話のように冷静な人が2人いれば、1000人は落ち着くのだろうか。それとも、太平洋戦争に突入して行った時の日本社会の空気のように、興奮したまま突っ走ってしまうのだろうか。

下村:
その2人から1000人に広げていく事は…?
平良:
出来ると思います。メールでのネットワークがかなりありますが、「これで戦争体制が加速されるね」「本気で止めて行かないといけないね」という、思いを確認するようなメールのやり取りだけであって、(熱くなる世論に負けて)引いて行ってしまうという変化ではないです。「大変だ!」って言っている人達は大抵信念を持っておらず、興奮しているだけですから、私達がしっかりと信念をもって《平和への思いと行動》を貫いて行けば、大丈夫だと思いますけどね。

平良牧師は来週水曜(8月2日)、講演会を東京で行なう。牧師としての教会の仕事はもちろんの事、辺野古の反対運動のテントにもレギュラーで通い、イラクにも2003年に2度派遣されるなど、非常に多忙な平良牧師は、地方での講演会はあっても東京で直接話が聞けるチャンスは多くない。辺野古・矢臼別(北海道)・梅香里(韓国)での基地反対運動をドキュメントした映画『Marines Go Home』の上映会に先立って、牧師が1時間語る。問い合わせは、『Marines Go Home』東京上映事務局までファックス(03-5338-9490)で。

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