注目の新作上映会! 歯科技工士が映像作品を撮る時代

放送日:2006/04/01

ちょうど1年前(2005年4月2日)のこのコーナーで、インターネット放送局のNPO『OurPlanet-TV』
が始めた新しいプロジェクト「アワプラ企画賞」を紹介した。「自分で作ってみたい映像リポート企画」を市民から公募し、審査を通過した場合、制作費を最高50万円まで助成し、副賞としてビデオカメラも贈呈するというものだ。
その後、8つの企画が審査を通過して実際の制作に入っていたが、このほど4本がついに完成し、今日の午後からいよいよ上映となる。

■知られざる「社会問題」を掘り起こす

“市民メディア”とは、実際にどんな作品を作るのか? 今回は、そのうちのひとつの作品『入れ歯作りの現場から』を制作した、東京都歯科技工士会の加藤雅司理事(眼のツケドコロ・市民記者番号No.24)にお話を伺う。

加藤:
私も歯科技工士になってもう28年になるんですけども、中にいて非常に長い間、思うことがずっとあったんです。それをなるべく皆さんに知っていただきたいという思いがどんどん強くなりまして。決して業界内の愚痴で終わらせたくないということから、今回の市民発信のメディアというスタイルに非常に心惹かれました。

―それぞれの人が、自分の専門のフィールドから発信する。これぞ、市民メディアの真骨頂ですよね。

(作品より)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
女性:
5回ほど作り直しました。

(ナレーション)神奈川県に住むこの女性は、長年入れ歯が合わず悩んだ経験があります。

女性:
口にあわなくて、一時はうつ病になるかと…
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加藤:
現象としては、入れ歯が合わないという問題は意外と多いんですね。日本という国はいろんな意味で先進的であるはずなので、入れ歯を入れても良く噛めるという期待があると思うんです。けれども、「入れ歯安定剤」が多く出ているということは、それがないと非常に困る、という事態が起きているんですね。

「入れ歯が合わない」という話が、国民生活センターに来る医療サービス相談全体の実に4分の1を占める、というデータがナレーションでも出てくる。なかには、7年で46回歯医者を変え、入れ歯を25セット作り、500万円かけた事例も! それぞれの個人は「自分だけの悩み」と思っているが、実は広範な「社会問題」であるということを、全体像を把握できる立場の専門家達だけが知っている、というわけだ。

■品質競争を阻む、加藤流「ドッグフード理論」

一体、何が問題なのか。加藤さんがビデオの中でまず最初に指摘するのは、歯科技工士達が受け取っている技術料の低さだ。同業者がインタビューする気安さからか、技士達はホンネで現実を訴えている。

(作品より)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
技士:
時給に換算したら、マクドナルドでアルバイトしたほうが良いじゃないか…(笑)。若い子達も多いので。
技工所社長: 私が卒業して25年経つんですけども、卒業した時に、やはり技工料金表みたいなものがありまして、その時から比べると、かなり下がってますね。
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加藤:
実状は、30年、35年前の価格レベルとも言われています。物価は当時からすると何倍も上がっていると思うんですけども、我々の業界は下がる一方でした。いわゆる過当競争が原因で下がったんだろう、と皆考えていたんですが、あまりにも不自然です。例えばラーメン業界でも、ラーメン屋がたくさんできても100円のラーメンを出す所はないのだから、これは単純な過当競争、需要・供給のバランスの問題ではないと、はたと気づきました。

このビデオ作品では、安くなれば患者もハッピーだという一面的な見方をせず、質の低下を憂慮する話に展開してゆく。ここが、技工士たる加藤さん自身が作る故の《職人の問題意識》だ。なぜ「安かろう悪かろう」になってしまったのか、作品ではユニークな理論で掘り下げていく。

(作品より)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(ナレーション)加藤さんは、技工料金が安く歯の質が低下している背景には、歯科医療業界の中に、マンションの耐震強度偽装問題に似た構造が潜んでいると考えています。かねてからその考え方を《ドッグフード理論》と命名しています。

店員:
「いらっしゃい」
少女:
ドッグフード下さい。
店員:
「どれがいいかな。高いのから安いのまで色々あるけど」
少女:
「え〜っと、一番安いの、ください」
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加藤:
《ドッグフード理論》というのは、こういうことです。私が業界外の友達に我々の悩みを話したときに、「歯の買い物というのは、犬の餌、ドッグフードを買うのと同じ扱いをされているね」と、ヒントをもらったんですよ。
そこから自分の中で整理していくと、ペットに対しては、もちろん愛情を持っているので良いものを食べさせてあげたい。一方、ペットは自分で買い物に行くお金もなければ知識もない。その状況下で、例えばお金を預かって買い物を頼まれた子どもが、自分の食べるお菓子とドッグフードを買うというときに、何が起こるか? 限られたお金なので、高いドッグフードを買うと、自分のお菓子を買うお金がなくなってしまう。そこで、(愛情はあるのに)一番安いドッグフードを選ぶ、という心理が働くんだなあ、と。まさにこれは、決して《人間性》の問題ではなくて、《立場》の問題として、そういう立場になれば誰もがそういうことをやってしまう、ということに気がつきました。

―犬が情報を持っていないように、患者も情報を持っていないということですね。普通なら、《価格の安さ》だけではなくて《品質の高さ》を求めるという競争原理も働くはずなのに、何が良くて何が悪いかっていう、入れ歯に関する情報が開示されていないから、みんな知らずに「安かろう悪かろう」な物を与えられるしかない、という状況になってしまう、と。その情報格差を埋めることも、このビデオを作った目的ですか?

加藤:そうですね。

■マンションと入れ歯の共通点!?

では、どうしたらいいのか。加藤さんは作品の最後で、同業者の幅広い人脈の中から、これからのモデルケースとも言える事例を紹介している。

(作品より)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(ナレーション)歯科技工の分野で先進的な国、ドイツ。そこで初めて歯科技工士のマイスターの称号を取った、大畠一成さんです。大畠さんは6年前にドイツから帰国。東京に技工所を開きました。最初にぶつかった壁は、歯形が採れていない模型が歯科医院から届くことでした。

大畠:
歯の境目が半分ぐらい出てないのに、仕事を進めるというのは、俺にはちょっとできない話であって。歯科医師の先生方にも「これはちょっとできませんから」って言って。それで、どんどん仕事は減ったんですけど。(笑)

(ナレーション)ドイツでは、当たり前だったことをしたことがきっかけで、仕事が来なくなった大畠さん。しかし、現在は意識の高い歯科医師と巡り会い、納得のできる仕事ができるようになりました。

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―ドイツが入れ歯の先進国というのは知りませんでした。どういう点が、先進なんですか?

加藤:
大きな枠から言うと、ドイツ人の考え方というのは、消費者が幸せになるようなシステムを作っているなあ、というのを感じます。たとえ価格が高くても、それが長く持てば満足であり幸せになる、という考え方があるようです。
入れ歯を作ることに置き換えると、もちろん治療は歯医者に行ってしてもらうんですが、「入れ歯を作るのは歯科技工士である」、そして「いろいろな入れ歯の種類がある」ということを、ドイツの国民自体が知っていて、自ら評価基準・判断基準を持っているんです。
例えば、日本の制度では、保険が効く安い入れ歯というのは、分かりやすく言うとプラスチック製なんですが、ドイツでは「俺の口にプラスチックを入れるのか」という国民的なコンセンサス、ひとつの常識がある、というのが大きな違いなんですね。

入れ歯にも、材質の違いや保険の適否がある、というような情報は、確かに“日本人の常識”とは言い難いだろう。

加藤:
ドイツでは、まず自分の歯を入れるという段階で、技工者料の見積もりと歯科医師の診断書を合わせて、公的な保健機関に提出する仕組みになっているんです。それと同時に患者に対しても、歯を治す前に、技工士の技術料が最初からオープンになっている。どういうことをするか、品名等も書いてあります。ですから、例えば日本人なら、味噌ラーメンや醤油ラーメンは誰もが知っているように、ドイツ人は皆、歯の種類についてそういう知識を持っているわけです。別に特別なことではなく。

―知識があるからこそ、自分で選べるというわけですね。ビデオに登場する、先程の大畠さんは、それに近いスタイルを日本で実現されているんですね。日本でも、これは可能なんですか?

加藤:
今でも苦労されています。ビデオにもあったように、最初、歯形の精度が悪いので、「これでは作れない。取り直してください」と返していたら、仕事が減ってしまったそうです。ドイツではそれが普通だったんですけど、日本の場合は、「このくらいは作ってくれよ」と。模型を返すということは、受注を断る=《収入が減る》という話につながるんです。大畠さんは自ら実践して、技工士が突っ張るということで、きちんと理解してくれる歯科医師が日本にもたくさんいるということを証明しようとしているんです。

―ドッグフード理論のところで、「マンションの耐震強度偽装問題に似ている」というナレーションがありましたが、そういう意味だったんですね。つまり、姉歯建築士が発注元の建設会社の無理な注文を突き返せなかったように、歯科技工士も質の悪い歯形を発注元の医師に突き返すことができない構造があって、質の悪い物が現実に作り出されていってしまう、と。

加藤:
そうです。技工士は、模型に基づいて入れ歯を作るんですが、製作技術を最高に良くしても、出発点である模型が悪ければ到底良いものはできない。患者のために技工士が突っ張る姿勢を、大畠さんは自ら示したというわけです。技工士が突っ張れないという日本の体質を改善することが、信頼される入れ歯を作るための、我々のこれからの課題だと思います。

マンション住民のために姉歯建築士は突っ張るべきだった、という構造と、本当に重なる話だ。

■鳥肌が立った、思い通りの発信体験

―まさにそういう改善のための第一歩としてのビデオ作りだったわけですが、実際作ってみて、いかがでしたか? 思い通りの発信はできそうですか?

加藤:
私は写真が趣味で、また、業界で論文を書いたりもするんですけど、それらとはまったく違う立体的な媒体で、非常に説得力がありました。自分で言っちゃあ何ですが、やってみて、なかなか鳥肌が立つような気持ちで、満足感を持っています。

―プロのTV局に「採り上げてくれ」と取材を依頼するのと、自分で作っていくのとでは、どんな違いがありますか?

加藤:
編集ひとつで、最後の一言が違ってしまうと、意味が変わってしまう。その点、自分で作ると本当に思い通りにやれます。と同時に今回のプロジェクトでは、『OurPlanet-TV』のスタッフがプロとしての眼で、客観的な視点を指摘してくれたので、さらに皆さんが見やすい作品になったんではないかと思います。

加藤さんの『入れ歯作りの現場から』を含む、市民メディアならではの作品一挙4本の上映は、今日の午後1時から、東京新橋のビクター地下ホールで行われる。参加は無料。また、『OurPlanet-TV』のウエブサイトでも、近く動画配信される予定だ。

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