ライブドア事件余話(1)/「ホリエモンは地道だ」…学生起業家の思い

放送日:2006/1/28

ライブドアの堀江貴文前社長が、今週月曜(1月23日)に逮捕された。色々な角度から大々的に報道が為される中、このコーナーは、「ホリエモンに憧れて起業した若者達が、どんな受け止め方をしているのか」に眼をツケる。

■「気持ちは下がる」が、火は消えず

大学生5人が先月(12月)設立したばかりの株式会社『ホットティー』に、先日行ってきた。別に紅茶を扱っているわけではなく、会社概要を読んでも、何をする会社か掲げられていない。当面「今年の主力は教育事業」とだけ書いてある。こういう若い起業家と話すと時々感じるが、《何々をしたい→だから会社を興す》という発想自体が、彼らにとっては古いようだ。どうも、《会社を興したい→それで色んな事をしたい》という順序なのだ。うーむ。
この『ホットティー』の社長で、社会的な価値をいろいろ創造していきたいと語る保手濱彰人君は、東大工学部の2年生。以前ホリエモンの鞄持ちをしたこともある、という。
まずは月並みに、今回のライブドア事件をどう感じているか、という質問から。

保手濱: やっぱりあれだけ頑張ってきた人ですから、それがここでしぼんじゃうっていうのは、すごい応援したい気持にもなりますし、複雑な気持ですね、だから。
下村:
起業しようという人達にとって、1つの目標、シンボルだったわけですよね。そういう人達全体に、やっぱり精神的な影響は与えてるんですか?
保手濱: でしょうね、やっぱり。すごい堀江さんが先陣切って、今のITベンチャーのブームって言うのがあった。それを1つの指針として、今若者がすごい火をつけられて、頑張ってるって現実はあるので、それがまあちょっとは、気持が下がってしまうというのはあると思います。でもですね、やっぱりそれはもう、一度火がついたものは絶対止まらないし、僕も、絶対今の情熱っていうのは捨てる気はないし、うん。

火付け役が退場しても、後に続く1人1人に付いた火は消えません、ということだ。

■「スピード」は何より大切か?

実際、彼らのオフィスの壁の張り紙は、熱かった。「3年で上場!」と、これぐらいは他社でもありそうだが、「目標:世界一!」。さらに、「スピード、スピード、スピード、スピード!」という社是の言葉。同じく東大1年生の高橋飛翔取締役に、保手濱社長のスピード感覚を聞いた。

下村:
この社長は堀江さんよりスピードありますか?
高橋:
あるんじゃないですかね。非常に能力のある社長だと思ってますし、だからこそ僕達メンバーも、彼が始めた会社で、一緒に一丸となってやってるわけで。
下村:
ここにも「スピード、スピード」って書いてありますけど、社会の価値を作り出す、幸せになっていくっていうために、そんなにスピードって必要ですか?
保手濱: えー必要だとも思いますよ。まずは自分達が大きくなって、どーんと大きなものを作り上げて、それを社会に還元するっていう形の方が、絶対に社会に多く価値提供できるわけですよ。たくさんの人を幸せにできると思います。っていうのは、小さい所から本当にこつこつとボランティアしてもいいんですけど、それで出来る人助けってすごい限られてるじゃないですか。それよりももっと効率のいい、たくさんの人に価値を提供できるやり方っていうのがあると思うんです。そのためには、やっぱりスピードを重視するのは間違ってないと思います。
下村:
つまり、普通のスピードでやってたら、目指す大きさになるまでに時間がかかりすぎるっていうこと?
保手濱: そうですね。あと単純に、まあ市場の成長だとか、その社会の変わっていく速さっていうのが、最近ではITのせいですごい速いから、その中で勝っていくためにも、絶対、やっぱりスピードっていうのが必要になりますよね。
下村:
競争って言うことで?
保手濱: そうですね、はい。
下村:
それは、高橋君も同意見ですか?
高橋:
(堀江前社長は)早くやりすぎて、なんか足元が見えてなくて引っかかっちゃった感じ、っていうことですよね。スピード、スピードってひたすら追求するのもいいですけど、それ以前に法律的側面とか、「自分が本当に正しいのか」と常に自分を疑って、そういうなんていうか、心構えが経営者としてはやっぱ大事なんだな、と痛感しました。

ちょっとブレーキがかかったようにも感じられる、高橋君の意見。その意味では、今回のライブドア事件で、いい“学習効果”が広がっているとも言える。ヒルズ族とかベンチャー企業の社長とか、急成長している人達のスピード至上主義の熱弁を聞くにつけ、私は常々、高度成長期のモーレツ社員の再来みたいな《古さ》を感じていた。「今やスローライフが見直されてきているこの時代に、未だスピード最優先という発想にしがみついてるの?」と。
確かに、てきぱき競争相手を出し抜いていくとカッコ良く見えるが、そのスピードゆえに失っている物があっても、走っているとそれが見えない。自分が何を見失っているのかすら、分からなくなってしまう。大切なのは、《緩急》ではないのか。
私もライブドアの堀江前社長とは以前から何回かメール交換しているが、「もうちょっとゆっくり慎重に周囲とコミュニケーションを取ったら?」と私が言うと、彼は、「コミュニケーションをとっている間にライバルに負けてしまう」という趣旨のことを言う。「あまり前傾姿勢ばかりとっていると、後ろからバタッと倒されるよ」と忠告しても、「後ろ(内側)から弾が飛んできても、追いつけないくらいのスピードで走ればよい」といった返事で、意に介さない。結局、その路線で突っ走って、今回つまづいてしまったわけだ。

■憧れの堀江社長は「地道な努力家」

しかし、この学生社長達が言う「堀江さんは頑張ってきた」というのは、このスピードの速さのことを言っているのではないのだ。「堀江前社長のどこに憧れていたのか?」と尋ねると、意外な答えが返ってきた。

保手濱: あの人は、ウェブ制作っていう下積みの仕事から、やっぱり経営を一から積み上げて、頑張ってきた。うん、すごい誰よりも努力したっていうのは、すごい近くにいて感じました。だから、それが完全になくなって消えちゃうっていうのは、ちょっといたたまれない気持がありますね。
下村:
そういう見方が、「そんな下積みなんて、あいつにはないだろう」っていう世間一般の堀江像と少し違いますよね。
保手濱: そうですね。でも実際はそんなことなくてですね、やっぱ今メディアに出てる華やかな部分は、ごくごく一部です。起業して600万円の資本金から始めて、すごい硬いビジネス、すごい雑務ばっかりの面倒くさいような仕事から始めて、で、頑張って上場してと、まあ苦労したこともいっぱいあったでしょうし。1対1でお話しさせていただいたときに、やっぱりそれをすごい感じましたね。
下村:
じゃあ、華やかなところに憧れたわけではない?
保手濱: ないですね。うん、それは。

地道に叩き上げた人、というイメージなのだ。実は私も以前、やはり堀江社長(当時)から、「ITといっても、コンピューターやオフィスで全てをやっているわけでなく、ほとんどは地べたを這いずり回る営業だ。普通の人達みたいなIT業界の見方をしないでほしい」と叱られたことがある。つまり、ド派手にマネーゲームで儲けていく虚業の面と、コツコツ積み重ねている実業の面と、両方が堀江貴文という人間だったのだろう。目立つのは前者の方だから、我々はそちらばかりがホリエモンだと思い勝ちだが、保手濱君などは、堀江社長の鞄持ちをした体験などから、この両面を冷静に見ていたということだ。

下村:
これから堀江さん、どうなると思います?
保手濱: そうですね、やっぱすごい、あの人の実力は僕は良く知ってるので、それが失われちゃうのは非常に惜しいです。性格的にも、1回へこんで、どん底まで落ちても立ち直る人だと思ってます。だからもし本当に、万が一ですよ、仮に違法なことをしていたんであれば、ちゃんと罪を償って、そこからまた始めればいいじゃないですか、って思います。まあもし、そうでないのであれば、またこのまま頑張って、どんどんどんどん自分のわが道を突き進んでいって欲しいなと思います。はい。

まだ取り調べ中だから、堀江容疑者に違法行為があったのかどうか確定するのは先のことだが、彼に憧れて会社を立ち上げた学生社長の保手濱君としては、シロだろうとクロだろうと、今後のホリエモンにはまだ期待しているのだ。

■ライブドアとホットティーの今後

そんな保手濱君の目から見ると、ライブドアというのは、どういう会社なのか。「ホリエモンという求心力を失って、この会社はどうなるんだ」と囁かれる中、彼は意外にも、開口一番、こう言い切った。

保手濱: 《社長の魅力》についていってる会社では、ないですね。
下村:
じゃあ、何で束ねられてると思う?
保手濱: 基本的には、やっぱり《お金とやりがい》じゃないですかね。すごい成長中の会社であるので。堀江さんっていうのは、実力をちゃんと評価してくれる人ではあるんですよ。企業という形で、査定して、評価すると。だから、本当にできる人にとっては、やりがいのある会社だったと思います。だから人材が集まっていたし、そういった部分で仕事のモチベーションが上がっていたかなと思います。

この見方には、頷ける。新社長がそういう人事政策を維持して、なおかつ、マネーゲーム的に膨れ上がった部分が消えて堅実な部分だけがこの事件で残るなら、ライブドアは再生する底力はあるかもしれない、という気もする。
ライブドアの今後はまだ不透明だが、この保手濱君たちが始めた学生企業『ホットティー株式会社』は、これからどうなっていくのだろうか。とりあえず、今年の事業の柱は「教育」だと最初に御紹介したが、その第1号の製品である本が、今月(1月)15日付で出版された。

東大生が書いた頭が良くなる算数の教科書
『東大生が書いた頭が良くなる算数の教科書』インデックス・コミュニケーションズ 1500円(税別)

『東大生が書いた頭が良くなる算数の教科書』というタイトルで、これが結構面白い。大学生の男女が主人公で、何人かの登場人物の会話という形で全編展開していく。友達の家庭教師を手伝わされたり、合コンが数字のゲームで盛り上がってしまったり、動物園のイルカに勝負を挑まれたりしながら、1桁の整数の足し算・引き算から始まって、最後は、本物の東大の数学入試問題まで解けてしまう、というストーリー。数字が苦手、という人の頭をほぐしてくれる書き方になっている。
これからこのスタイルで、算数以外のジャンルの本も続けて出していくそうだ。

■俺達、ヒルズ族ほどダサくない!

この「教育」シリーズがヒットしたら、やはり行く行くは、憧れの六本木ヒルズに会社を構えたいと考えているのかと思って、訊ねてみた。というのも、今、彼等が構えているオフィスは、渋谷の裏手のゴチャゴチャした一角の、いかにも安いアパートの一室なのだ。ところがーーー

保手濱: ヒルズ族って言われてるような、ヒルズに住みたいとか、森タワーにオフィスを構えたいって人は周りに結構、耳に入ってきますけど、あれはダサいような気がするので。
下村:
ダサい?
保手濱: ヒルズ族ってダサくないですか? なんか凄い成金主義的なところがあって。別に僕はお金が欲しいとか、そういうもので動いてるわけじゃないから。別にレジデンス住みたいとか、フェラーリ乗りたいとか、そういうの全く無いんで。だから、ヒルズ族ってダサいって思いますね。「所詮、金が欲しいだけじゃん」っていうふうに思ったりしますけどね、そういうの聞いてて。
下村:
じゃあ、ドアの破けたこのアパートの方がいい?
保手濱: それは微妙なところですけどね(笑)。不便なところがいっぱいあるんで。シャワーがあんまり出ないとか、部屋がちっちゃいとか汚いとか(笑)。
下村:
ヒルズとは大分違いますね。
保手濱: そうですね(笑)。ここが僕らの原点なんで、はい。

こういう話をじっくり交わしていると、「ホリエモンは虚業だ。それに憧れる若者も、皆うわついてる」という単純な世間の見方も、実はそれこそ“うわついている”のかも、という気がしてくる。
『ホットティー株式会社』に限らず、沢山の若者達が、このメディアの大騒ぎの中で、ホリエモンの隠れた一面である、地道な叩き上げの姿勢の部分に憧れて、後に続こうと今も人知れず頑張っているのだ。

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