倉本聰氏始動!“堤王国”栄華の跡が、森に還る

放送日:2005/10/22

今年3月に証券取引法違反容疑で逮捕された、コクド(西武鉄道グループの中核企業)の前会長・堤義明被告に対する東京地裁の判決が、来週木曜日にでる。今回は、その堤被告が、逮捕される直前に脚本家の倉本聰さんと交わした会話から芽生えた、あるプロジェクトに眼をツケる。

■堤義明被告の、相談と即断

倉本さんは、中学・高校で堤被告と同級生だった縁で、今回の裁判でも、7月に弁護側証人として出廷もしている。
トップの逮捕に象徴されるように、かつての王国の勢いを失って、今コクドは全国各地に展開するレジャー施設などの閉鎖・整理に入っている。その一環で、富良野プリンスホテルの目の前のゴルフ場も、この春で閉鎖された。
この閉鎖されたゴルフ場跡の広大な芝生の土地をどう活用するかについて、堤氏から相談を受けた倉本さんのアイデアは、「皆で木を植えて育てて、50年かけて元の森に戻そう」という壮大な計画だった。名付けて「富良野自然塾」。以前、このコーナーでも若干触れたことがあるが、今回は、その現場−−−点々と小さな苗木が植わり始めた元ゴルフ場の広々した緑の大地に2つデッキチェアを並べて、倉本さんの話を伺った。

―最初に堤さんから倉本さんにご相談があったときっていうのは、堤さんの方では、他にもいくつかアイディアをお持ちだったんですか?

倉本:
なかったですね。「何か、いい考えない?」って。

―森に還すという発想は、堤さんの頭には、まったく当初はなかった?

倉本:
それはやっぱり、なかったんじゃないですかね。ここまで作ったものを壊すっていうのは、相当の英断だと思いますよ。ダムをひとつ作ったものをね、もう一度壊して、もとの自然河川に戻すってのは、なかなか、建設省なんか絶対にやらないでしょ。やっぱり作ったものを破壊するってのは、すごい度胸のいることだと思うんですね。
でもね、僕、今必要とされてるのは、その度胸じゃないかと思うんですよ。だから二風谷のダムにしても、長良川の河口堰にしても、有明海の干拓にしても、やっぱり、《作った物を破壊する度胸》ってのが、これから日本人には要求されることなんじゃないかって。

―倉本さんから「森に還そうよ」って言われたときに、堤さんはすぐ決断できたんですか?

倉本:
ええ。これが見事でしたね。

―「ちょっと考えさせてよ」って言うのはなく?

倉本:
なかったですね。即断でした。まあ、そういう話を何度も僕、彼とはしてましたからね。たまたま、ここっていう話になっていったときに、ビーンと感じたんでしょうね。

■「開発」の反対語

そして、堤氏が逮捕された後も、「富良野自然塾」プロジェクトは、計画通りに動き出した。プロの植林に委ねるのではなく、都会の人達や特に子ども達の手で、自然体験学習を兼ねて森を作っていく構想だ。「自然塾」の正式オープンは来年(2006年)4月だが、着々と準備は進み、ゴルフ場の芝を剥がしたり、グリーンの一角に種を蒔いて苗木を育てたりしている現況だ。
しかしその一方で、「一度作った物を破壊するのは凄い度胸」と倉本さんも語ったように、このゴルフ場を愛していた人達は、たしかに複雑な気持ちを抱えていたという。よりによってここは、アーノルド・パーマーが設計した非常にいいゴルフ場だった。

倉本:
それを「壊す」っていうことになると、作った人達は嫌でしょうね。このゴルフ場の芝を最初にショベルカーで剥がしたとき、今までここのゴルフ場の管理をしてた連中が一緒にやってくれたわけですよ。みんな要するに、毎日ずっとやってきた人達じゃないすか。最初のひと杭っていうのは、やっぱりちょっと、僕も見ていて辛かったですよ。彼等も一緒に作業していて、4、5日目にようやく「やっと整理つきました」って言いましたからね。それから、今まで働いていたキャディーさん達が、仕事をやっぱり手伝ってくれたりしてるんですけども、彼女達もやっぱり、「剥がすのを見て、涙が出た」って言いましたね。それはそうだと思いますよ。

―その涙が出た方々は、今、このプロジェクトの進行をどうみてらっしゃるんでしょう?

倉本:
ものすごい勢いで手伝って下さってます、今。

―ああ、そうですか!…それは、「壊す」が終って、「創る」に転じたからですかね。

倉本:
そうなんですよ。

―こうやって、《森をゴルフ場にすること》を「開発」って呼んできましたけど、《ゴルフ場を森にすること》は、何と呼ぶんですか?

倉本:
「回復」ですね。

―「回復」。

倉本:
だから僕は北海道に開発庁ってのがあって、開発予算ってのが国からついて、それで、自然破壊がさんざんされてきた。もう「開発庁」はいいから、「回復庁」ってのを作って「回復予算」をつけてもらって。それによって、これは土建屋さんにも一杯仕事がいくんですよ。ですから、おんなじ公共工事でもね、開発の工事じゃなくて、回復の工事の方に、向きを変えてもらいたいな、と思ってますね。

「開発反対」と叫ぶのでなく、「どっちみち公共工事で業者に仕事がいくんだから」という発想が、北海道に暮らしている倉本聰さんらしい、地元の現実に根ざした考え方だ。

■思いがけない地球の反応

だが、そんな倉本さんでも、この4月以来、いざ準備を始めてみたら、大変さを思い知らされたり、逆に思わぬ自然界の援軍に出遭ったり、という日々の連続だという。

―「森を切り拓いてゴルフ場にする」のと比べて、「ゴルフ場を森にする」のは、何が難しいですか?

倉本:
やっぱり、自然が長いこと培ってきたものを壊しちゃってるんですよね。例えば、豊かな土っていうのは、一年間に0.01mmしかできないって言われてるんですね。それをやっぱり、ゴルフ場を造るときに、ひっぺがしてるでしょ。だから、その土を甦らせるには、相当の年月がこれからかかるわけですよ。5分で壊せるけど、再生するには50年かかるっていうものですからね。
ただ、「自然ってほんと凄いな」と思うのは、植林事業始めたら、僕らが植林してるのと並行して、自然が実際に植林してくれてるんですよ。そこらにも木が出てますね。あれ、オニグルミの芽です。若木ですね。それから、そこにアカシヤが。
だから多分ね、僕この35ヘクタールに、15万本植えようと思ってるんだけど、自然がすごく助けてくれるだろうと思うんです。前に植えた木が、4〜5年経てば、今度は種を落としてくれますから。だからおそらく、10万本植えたら、15万本になるんじゃないかっていう気がします。もっとかもしれませんね。

―それは、当初は想定されてなかった?

倉本:
してなかったですね。やっぱりやってみて、「あ、分かってなかったんだな」ってことがあまりにも多いんで、日々ハッとさせられることだらけですね。

富良野の自然の中に、長年暮らしている倉本聰さんでも、こうして森の回復を始めてみたら、新たな発見の連続ばかりなのだ。倉本さんが指差す先には、人が植えた苗木の合間に、たしかに自然に生えてきたとわかる小さな木々の芽生えが見える。その配置がまた、当り前だが“絶妙な自然さ”なのだ。乱《開発》に対しては、河川の急増水や土砂崩れで抵抗を示す自然が、この《回復》事業に対しては、すぐに手伝ってくれ始めている。人と森との共同作業、という感じだ。

■「ケチな気持ち」が浪費を招く

―今年、私はふたつね、《バーッと進んでいたものが逆戻りになる瞬間》を見たな、と思ったんです。この「森の回復」がひとつで、もうひとつは、JR福知山線の脱線事故の後、「ゆっくり走ること」を売り物にした新ダイヤが発表されたとき。スピードでなくスローを売りにしたダイヤ改正は、たぶん初めてだろうなと思ったんですよ。
あれも大失敗があったから出来た逆転で、これも、ゴルフ場を造りすぎちゃったっていう、まあ経営の失敗といえば失敗があったから起きた転換で。−−−何か失敗しないと、やっぱり逆戻りって起きないですか?

倉本:
あの、なんて言うのかな。「やりかけたから、もったいない」っていう心理ってありますでしょう。僕ら、若い連中にシナリオの書き方教えてて一番言うのは、「150枚書いて、良くないって思った時には、1枚残らず破り捨てろ」って言うんですよ。僕は常にそうしてます。その為に、屑籠(くずかご)ってのはあるんだって。
ここがいいと思って、10枚とか5枚残すと、それに縛られちゃうんですよ。だから、全部破り捨てないと、あるいは燃しちゃわないと。で、いいものは、ほんとに頭のなかに残っている場合には、それはまた自然と出て来るもんですよね。それを後生大事にとっておこうっていうケチな気持ちを起こしちゃうと、失敗しますね。

―登山で遭難する直前の心理みたいですね。「ここまで登ったんだから引き返せない」っていう。

倉本:
そうです、そうです。あれと似てますよ。だから、よく「今までに何千億円使ったから、この工事は続けなくちゃまずい」っていう言い方がありますよね。あれ、僕、ものすごいおかしいと思うのね。公共工事で何千億円使ったっていうことは、その間、何千億円分、人が食えたわけじゃないですか、その工事で。だったら、もうそれで十分じゃないですか。役割は果たしたんですよね。モノが建つか建たないかじゃないと思うんです。
ピラミッドっていうのはそうだって言いますよね。「あれは公共工事のために、無意味なモノを作った」っていう説がありますよね。あれは公共工事の真髄だと思います、それがほんとならね。

完成にこだわるな、そこまでのプロセスでもう得られたものはあるんだ、という発想。しかし、「150枚書いたシナリオを、1枚残らず破り捨てる」ことは、なかなか凡人には出来ない。潔く方向転換すべきだと頭では気付くことが出来ていても、結局ズルズル失敗に至ってしまうのが、我々の悲しき限界だろう。その点について尋ねると、倉本さんからは、以下のような意外な答が返って来た。

■地球、光れるか?

その部分をご紹介する前に、予備知識として、倉本聰さんの『地球、光りなさい!』という芝居について先にちょっと触れておく。これは、クリスマスの日、ある森の中で起きた出来事をロマンチックにユーモラスに描いた作品で、来週金曜(10月28日)から全国公演ツアーが始まる。ストーリーの軸は、文明が進み過ぎて環境破壊で自分達の星が滅びてしまった宇宙人が、地球にやって来て、「この星も環境汚染が進んでいる。もっと光りなさい」と警告する話である。
そこで、作者の倉本聰さんに、こんな質問をぶつけてみた。

―『地球、光りなさい』の宇宙人は、自分たちの星が滅びちゃったからこそ、地球に「光りなさい」って言えるわけですよね。まだ滅びてない地球人が、どうやってそこに事前に気付いていけるのか…。

倉本:
だから僕は、すごい悲観的なものの見方ですけど、もう人類はほんとに先が短いと思いますね。これ無理ですよ、歯止め効かないですよ。

―今まさに“歯止め”の取り組みを始められた時に、そういう言葉を聞くと、「え?」と思っちゃいますけど。

倉本:
ええ、だからほんとに、何人が歯止めに参加してくれるのか。例えば孫を膝に抱いて、可愛いって思う。じゃあ、その孫が親になったときにどうなってるかっていうことを、大人がもうイメージできなくなってるんじゃないすか。多分ね、「自分が死んじゃったらもういいや」って、考えてません? 今、政治家とか、行政の人達が「持続可能な社会」なんて言ってるけど、一体どこまでを“持続”って彼等が考えてるのか、ほんとにリアルにね。来年ぐらいまでしか考えてないんじゃないかっていう気がする(笑)。

―人生の長さどころか、きっと任期中の“持続”でしょうね。

倉本:
そうですね、任期かもしれない。だから、アメリカインディアンの「地球は子孫から借りているもの」っていう言葉。あれは結構、深みがあるのは、その「子孫」ってのは、ずうっと永久につながってるっていう、その《先の先まで見てる目線の深さ》っていうものがね。

「悲観するから行動しない」のではなく、「悲観するからこそ、せめて自分は歯止めに動く」倉本さんは、今70歳。もし自分の人生の範囲で物事を考えていたら、50年後を目指すこのプランは思いつかない。

「自分もゴルフ場を森に戻す作業に参加したい」という方、『富良野自然塾』のオープンは来年(2006年)春なので、来年のレジャープランに、ぜひ組み込んで欲しい。

これは「堤王国」瓦解から生まれた、数少ない“《負》でない遺産”だ。まさに、巨木が倒れた後の切り株に芽生えた、小さな若葉のような存在。私もこれから50年、注目していきたい。

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