民放連が『メディアリテラシーの道具箱』刊行

放送日:2005/7/23

日本のすべての民放テレビ・ラジオ局が加盟する日本民間放送連盟が、『メディアリテラシーの道具箱』という本を出版した。東京大学・情報学環の『メルプロジェクト』という、メディアリテラシーの研究・実践集団との合作で、かなり具体性に富んでいる。
この本の最後にはDVDが付いていて、民放連傘下の各放送局で行われた、「地元の子供達と一緒にテレビ番組を作ろう」という活動記録の番組が収録されているので、ここに一部引用しよう。(こうした他系列局の番組をTBSラジオでオンエアできること自体、民放連全体の取り組みだからこそ可能な、画期的なことだ。)
テレビ局スタッフのアドバイスを受けながら番組制作を実体験する子供達の、試行錯誤のプロセスがリアルに記録されていて、これから同様の実践に取り組みたい教育現場の人達にとっても、「メディアリテラシー教育って、要するに何よ?」とつかみかねている人達にとっても、非常に参考になるはずだ。

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【1】番組づくりの打ち合わせ

『東海テレビ』(愛知)の局員の助言を受ける春日丘高校の生徒達のミーティング、『東日本放送』(宮城)の局員の指導のもと、せんだいメディアテークに集まって構成会議を開く南方町の子供達、『テレビ信州』(長野)の局員が教室で口を挟めず立ち往生してしまったという県立須坂高校での論争。−−−の3つを、続けてご紹介する。


局の男性編集マン: もしスタッフが(画面の中に)映ってても、中の映像が大事だったら使っていいよ。

局の女性ディレクター: 皆で決めなきゃ。(私は)「こうしなさい、ああしなさい」って言ってるわけじゃない。そこは、学校の授業と違うところだから。どの順番で見たい? どうしたら食いつきがいいと思う?
女の子A: 今の映像(の並べ方)では、クラスがまとまっていく様子が見えない。
女の子B: 最初に「音効(音響効果)で見てもらう」って(いう方針で)曲を決めたので、今、映像をずらされると困る。
女の子A: 音効主体で作ってるわけじゃないから。今やってること(映像の順番決め作業)の意味がなくなっちゃうじゃん。
女の子C: いまさら(構成を)直すことないと思う。

この最後の議論というのは、映像を一旦つないでから「組み立て直そう」という話になって、「そうすると、せっかくタイミングを合わせた効果音がズレるからダメだ」と、音声班と映像班との間で論争しているわけだ。

−−−この『メディアリテラシーの道具箱』全体をコーディネートした、東京大学助教授の水越伸さんにお話を伺う。

水越:
大事なのは、子供達がこうして作った番組が、必ず地元局で実際に放送されるということなんですよ。作品がオンエアされるということがどういうことか、子供達もよくわかってるんです。だから真剣なんですよ。

−ちらちらと挟まれていたのが局の大人達の声ですけど、"先生"なんて立場を経験したことがないだろうに、一生懸命アドバイスしてましたね。

水越:
このプロジェクトの眼目のひとつは、学校の"先生"が教えるんじゃなくて、まさに"現場"の人が教壇に立ったり、児童会館のようなところで教えたりするところなんです。そうすると、やっぱり"先生"役には慣れていないですから、場合によってはタジタジになったり、自分達の経験を十分に話せなかったりということもありました。

私も『BSアカデミア』で学生達に助言しながら、自分の口が言っている言葉を耳が聞いて「ああ、そうだったんだ」と、初めて納得したことも随分あった。そういう意味でも、こういう地元の子供達との共同作業は、各局の皆さんに強くお勧めしたい。

【2】取材・撮影現場

続いては、いよいよ撮影現場に飛び出しての悪戦苦闘の模様から。『RKB毎日放送』(福岡)の局員に付き添われて街に出た、地元のNPO『子ども文化コミュニティ』のメディアキッズの子供達と、先程の南方町の子供達の様子。

女の子D (街頭インタビュー担当):インタビューよろしいですか?
男性A : ごめんなさいね、大阪に帰らなあかんから。
男性B : もうすぐ新幹線の時間やから。すんませんね。
女の子D : どうして、明太子を買われたんですか?
女性 : 福岡の名産ですから、いつも明太を送ります。
女の子D : ありがとうございました。
局の男性: 良かった、良かった。
女の子D : 嬉しい、嬉しい。


局のカメラマン: ここでは、どういう映像が必要なのか? 相手の人の楽しそうな顔が欲しいんだから、それを撮るためには中途半端(なアップ)じゃダメ。
ちょっと待って、ちょっと待って。(玄関の呼び鈴を)ピンポンする前に、なんで(カメラのズームを)引いちゃうの? ピンポンする前に引いちゃダメじゃん。
女の子E(撮影担当):いや〜、うまくいかない…。

出演してくれた主婦: ちょっと間が空いてしまうのが、自分的にはかなりドキドキしました。プロの方だったら現場でも、会話したりしてもっと上手く出来るんでしょうけど。
女の子E : 言われても出来ない。あ〜あ、カメラマン向いてないかも…。
水越:
関わったプロの方が、まさしく新人時代を思い出す。これは、中堅社員の再研修にいいんじゃないか、という声もありました。子供に教えているんだけど、プロ自身にとっての再認識の機会にもなる、つまり「自分にとってテレビとかラジオって何なんだ」というのを何年か経ってからもう一度《取り戻す》。そのために、子供達にこうやって入ってもらうことに意味があるんじゃないかとも言ってましたね。

先程の子も、「カメラマンに向いてない」と落ち込んでいたが、この後彼女達はめげずに、むしろ苦しみを楽しみながら作品の完成にこぎつけていく。そのプロセスについては、この本を買ってDVDをご覧になっていただきたい。

【3】完成!

ここでは、その難産の末に出来上がった作品のごく一部だけご紹介しよう。『RKB毎日放送』(福岡)がサポートして完成した、先程のメディアキッズの子供達が制作した、台湾の子供達に自分達のことを紹介しているビデオの冒頭部分。







女の子F
(リポーター役):
今日は、私達の通っている長住小学校で流行っている遊びを紹介したいと思います。校庭へレッツゴー!
ここが私達の学校です。皆さんの学校と違いはありますか? 運動場で流行っている遊びは「なかあて」です。
「なかあて」は、外の人が中の人(にボール)を当てるゲームです。
当たったら交替できます。
この遊びは永遠に続きます。飽きたら止めます。

この完成品、台湾に送るだけではなくて、台湾の子供達からもお返しの作品が送られてきて、合わせて福岡で実際にオンエアされた。

−明確に、番組を観てくれる相手がいるというのが大事なんですね。

水越:
大事ですね。他者がいるというのがね。

【4】感想・振り返り

こうして各地で作品を作り上げていったわけだが、こういう経験を経て、子供達や先生は、どんな感想を持ったのだろうか。




男の子: 相手に伝えなきゃいけないんで、自分が理解してそれでおしまいじゃなくて、やっぱりテレビとして放送するものだから視聴者のことを考えて、「どうやったら伝わりやすいだろう」とか、「自分たちは全部知ってるからどんなふうに並べても分かるけど、相手は初めて見るものだから、どうやって伝えればいいのか」というのに、一番苦労した。


女の子G: たった3分の番組を作るのでも、私たちがこれだけ時間をかけてきたってことで、ニュースとかの番組でも、その短い企画を作るのに、裏ですごいたくさんの人が動いて、多くの時間をかけてるというのが、見ていて分かると思います。


女の子H: 皆で話し合うことも楽しいし、皆でひとつのものを作るっていうことは、これだけの協力がなければできないんだってことが分かる。


男性教師: これからテレビを見るときに、ちょっと視点が、情報をただ受けているだけじゃなくて、「この出し方にはこういう意図があるんだ」ってことがわかるようになったり、頭の隅にそういう視点は出来たんじゃないかなと思うんですけど。




女性教師: 「考える力が無い」と言われている高校生だし、それをどうやって育てればいいかというのは、教師としても模索しているわけです。だけどもテレビの人が来て下さって、1時間ほど授業を受ければ、あれだけのことが出来て、自分の中にメディアの本質的なものへの気付きというのが出て来たっていうのは、本当に画期的だと思うんです。だから、我々の授業とか学校教育の中に見られるひとつの閉塞状況に、このプロジェクトは風穴を開けることすら出来る内容だったと思うんです。

DVDだけでなく、本の中にも活字で子供達の感想が載っているのだが、その中から核心を衝いた一言を転載する。

ありのままの事実なんてないとわかる。ありのままなんて伝えられないところがおもしろい。(愛知・春日丘高校/小田さん)

「これがありのままです。これを伝えます」なんてことは出来ない。どうやったって作る人によって色々な切り取り方が入ってしまうものなんだ、ということを彼等は見つけ出す。これはやはり「そうなんですよ」と先生が口で教えてもダメで、「そうなんだ!」という発見を身体で体験できるところに、この取り組みの意義がある。

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水越:
メディアリテラシーって、普通「メディアの読み書き能力」って言われて、「テレビとかラジオとかの中身を批判的に読み解こう」って言うわけですよね。座学で「こういうとき、テレビって意図があるんだよ」っていうのも大事なんですけど、実際に制作してみると、その意味が本当によく分かるってことになると思うんですよね。
このプロジェクトも、それからこの本もそうなんですけど、メディアリテラシーを学ぶときには《表現》から入ろうと。自分の身体を動かしたり手を動かしたりしてモノを作ることを経てから、《批評》するなら批評もしようと。そういう批評と表現の螺旋を回りながら登っていくということを考えて、本も構成されてるし、プロジェクトもプログラムされました。

この螺旋の半分を形成する《表現》体験の共同作業者として、民放連が一緒に汗を流したことの意味は、非常に大きい。

−もう一方の制作当事者である、東京大学情報学環の『メルプロジェクト』とは、何ですか?

水越:
メル(MELL=Media Expression, Learning and Literacy Project)というのは、一種の研究プロジェクトなんですけど、北海道から九州まで80人くらいのメンバーがいます。東大の先生や大学院生もいるんですけど、各地の学校の先生、放送局の人、新聞社の人、反マスメディア運動をやっているような人達、それからミュージアムで働いている学芸員の人達まで、様々な人からなるギルド集団なんですよ。そういう異種混交、ハイブリッドな、雑種的な環境だからこそ、このプロジェクトが出来たと思ってます。いざとなれば腕っぷしで子供達に教えたり、一緒に何か作ったりできるっていう、そういう体力は皆持ってますね。

−タイトルに"道具箱"とつけた狙いは?

水越:
この本を僕は「思想的でマニュアル的な本」だって言ってるんです。さっきも言ったように、自分で体を動かして物事をやってみる。実際に表現したり、テレビを観たり、ラジオを聴いたり、そのための"道具"をここにキチッと用意する。と同時に、そういう具体的な活動を通して、例えば「情報社会って何だろう」とか、「テレビって何だろう」ってことを、具体的なものを手掛かりに考えられるといいなと思ったんですよ。
スイスの十徳ナイフがあるじゃないですか。そんなに凝った道具はいらないんだけど、そのナイフみたいに10個くらい道具があれば何とか情報社会をサバイバルしていける、っていう意味合いを、この"ツールボックス"、道具箱という言葉に込めました。

この本の第1章で、水越さんは読者に対して4つのお願いを記している。
1.まず行動を起こしてほしい。
2.この本を持ち歩いてほしい。
3.ここに書いてあることを鵜呑みにしないでほしい。
4.質問やお知らせなどを連絡してきてほしい。

水越:
本が、一個の閉じたメディアじゃないものになっていく必要があると思うんですよね。この本は東京大学出版会から出てるんですけど、やっぱりこれからの大学出版というのは、インタラクティブなメディアを作っていきたいということだったので、是非ということで作りました。

『メディアリテラシーの道具箱』は東京大学出版会から2500円+税で発売中。