『にがい涙の大地から』連続上映中!

放送日:2005/3/5

今週水曜(3月2日)から来週水曜(3月9日)まで、東京で『にがい涙の大地から』という映画の上映会が開かれている。一昨年(2003年)完成してから、各地で単発上映会が続いてきたが、今回のような連続上映は初めてとなる。監督の海南(カナ)友子さんに伺う。

海南:
これは、古い戦争が実は今も続いているという話で、中国が舞台です。中国の大地には、今も、60年前に日本が捨ててきた兵器がたくさん眠っているんですね。その兵器が、今になって見つかったり爆発したりして、《今》生きている人達が、たくさん傷ついています。中には毒ガス兵器もあるし、量もかなり、びっくりするくらいたくさんあって、それがまだ地中に埋まっています。そういう意味で、「大地」という言葉をタイトルに入れてみました。

−実際、かなり犠牲者が出てるんですよね?

海南:
中国の統計では、戦後になってからで2000人くらい死傷者がいると言われています。2年前にも、中国の黒竜江省のチチハルという街で、1人が亡くなって、43人くらいがひどい後遺症を負うような事故があって、それは毒ガスが原因だったんですけれど、中国全土でかなり大きく報道されたんですね。日本でも報道されましたが…。

−それこそ、戦争なんて知る由もない子供達も、かなり被害に遭っているそうですね。

海南:
そうですね。団地の工事現場で地面を掘っていて毒が出てきちゃったりしているので、本当に小さい、三輪車に乗っているようなお子さんが事故に遭ったりしています。

問題の《存在》だけは、ニュースなどで知っている人も多いだろうが、実際の被害者に丹念に寄り添ったこの映画を観ると、初めて問題の《何たるか》が実感できる。

海南:
登場する主人公は、主に2人います。
まず出てくるのは、劉敏(リュウ・ミン)さんという、27歳(撮影当時)の女性です。今から10年前の1995年に、彼女のお父さんが、日本軍に棄てられて埋まっていた兵器が爆発する事故に遭って、死んでしまったんですね。それも、手足が吹き飛んで、体中大やけどを負って亡くなりました。お父さんの治療がとても大変だったので、お金がすごくかかってしまって、彼女はその時高校生だったんですけど、学校を辞めて、家のためにずっと働いていて。彼女にインタビューをして一番印象的だったのは、「楽しいことなんて、何も無いんです。とにかく働くだけで、休みの日が1年に1日か2日くらいしかなくて、とにかく苦しい」っていうことで、ショックな体験でした。

もう一人の主人公は、李臣(リシン)さんという、59歳のおじさまです。30年前の29歳の時、事故に遭いました。仕事で河の浚渫作業をしていたところ、たまたま地面の中で何かがガンって当たって、それを引っ張り出したら旧日本軍の毒ガスの容器だった。それに触ってしまったために、全身に、ブクブクした糜爛(びらん)状態のでき物ができてしまいました。それがずっと残ってしまって、気力もなくなるし、働けなくなるし、性能力も不能になってしまったんです。李臣さんの奥様はその時20歳だったんですけど、それ以来、もうずっと、セックスができない状態。本人だけでなく、そうして色々な意味で苦しんでいる人がたくさんいました。李臣さんは農薬とかを飲んで自殺未遂もしているんですけれど、死に切れなくて。事故はたった一瞬ですが、30年経っても40年経っても、苦しみは続いているんです。

−この人達と、海南さんが出会ったきっかけは?

海南:
本当にたまたまなんですけど、2年程前に友達と中国を旅行して、そこで劉敏に出会ったんです。劉敏は、「何だこの娘?」と不思議に思ってしまうくらい暗い女の子だったので、いろいろ話を聞いたら、お父さんが日本軍の砲弾の残りで殺されてるって事を聞いて、私、びっくりしまして。一応、昔テレビ局に勤めていたこともあったので、戦争の問題は自分なりに知ってるつもりだったんですね。だけど、目の前に、自分より若い被害者を見てしまった。「あれ、戦争って、60年前に終わっているはずじゃないの?」って、あまりにも驚いて、そこから取材を始めて、結局1年くらい、この取材にかかりました。

大体、戦争で傷付けられるのは、こういう普通のお姉ちゃんだったり、子供だったり、おばちゃんだったりして。大統領か首相か分かりませんけど、戦争を始めようって大きな声で言う人達は、あまり被害者にならなかったりする。ちょっと青臭いんですが、「こういう普通の人達が、何十年経っても苦しめられるんだな」っていうのが、実感でしたね。

劉敏さんや李臣さんは、96年に、日本政府に補償を求める裁判を起こしている。一昨年(03年)秋、東京地裁は、日本政府の責任を認める原告勝訴の判決を出した。

海南:
大体こういう戦後補償関係の裁判って原告が負けるケースが多いので、「今回も多分負けちゃうんじゃないかな」と思って、裁判所の前で待ってたんですね。そしたら、なんと勝訴。主人公の2人は、亡くなったお父さんや仲間の遺影を抱いて、ニコニコ笑って。あの暗かった劉敏が、すごく良い顔で笑って、法廷から出てきたんですよね。

−基本的に、日本政府は『72年の日中共同宣言で戦争賠償は解決済み』という立場ですよね? こういう訴えは退けられる傾向にある中で、確かに珍しい判決ですね。

海南:
そうですね。中国政府との間にはそういう取り決めがあるので、私達の国はそういう立場をとっています。でも一昨年出た判決では、裁判所がとても勇気のある判断を示してくれました。「中国と国交が回復して30年も経っているのに、その危険性を知りながら、回収のための積極的な働きかけを怠った。その責任は、戦争中の政府ではなく、今の日本政府にある」として、原告全員に対して数百万円〜二千万円の損害賠償を認めたんです。
普通に考えて、1972年に約束して、2000年とかに事故が起こったのを「関係ありません」て、言っていいのかなって私は思うんですよね。そこのところを、裁判所が珍しくきちんと、勇気を持って認めたと。

−日本でも、この判決の少し前に、茨城県神栖町で井戸水からヒ素が出たという事件で、「旧日本軍の毒ガス由来」説が持ち上がりましたが、それが判決に微妙に影響した可能性は?

海南:
あると思います。実は、劉敏さん達より数ヶ月前に、同じ内容の別の裁判があったんですが、その時は原告側が負けてるんですね。でもその後、神栖町の事故で、日本社会の毒ガス問題に対する注目度が上がったという事。それからもう一つは、最初にも触れた中国・チチハル市での大規模な毒ガス事故で、中国社会でも注目度が上がった。2つのことが相まって、判決に有利に働いたと思います。
日本国内にも、大変怖いんですが、まだ毒ガスが埋まっています。広島とか福岡とか、私が上映会で回ったところにも、まだたくさん残っていて、事故とかが起こってるんですよ。

神栖町の事故は未だ原因が特定されていないが、少なくともあの出来事によって、日本社会で旧日本軍の兵器の問題がクローズアップされたことは間違いない。

海南:
あまり大きなニュースにはならなくても、福岡なんかでは去年、港から80発とか、毒ガス兵器が見つかったりしています。だから、映画自体は中国の話ですが、私達日本人の身近にも、実は同じ危険があるっていう事を、私も後から知って怖い思いをしています。 棄てられた兵器の場所を特定できればいいんですが、それが結構大変な話で。中国では、日本軍が井戸に棄ててきちゃったりとか。敗走の途中だったので色々な事情はあったと思うんですが、結構、適当に棄てているので、場所の特定はかなり大変なんですよね。

しかし結局、一昨年の判決では日本政府側が控訴したので、裁判はまだ続行中。その意味で、これは現在進行形の映画だ。

−日本国内でこの作品を見た人からは、どんな反応が?

海南:
結構、幅広い年齢の方が見てくれて、思っていたより若い人達も上映会に来ています。私も2年前までそうだったんですけど、ほとんどの方がアンケートで「知りませんでした」と。やっぱり見る人は、市民の目線で「自分が被害者だったら」という風に見るので、「どうして日本政府が控訴するのか、理由が分からない」っていう反応が多いですね。「自分は何をしたらいいんでしょうか」っていう問いかけも、アンケートの中に結構あります。

−「知らなかった」っていう日本国内での反応とは対照的に、この映画、中国国内ではすごく注目を集めたそうですね。

海南:
そうなんです。作品を制作している間から、中国のメディアが私を取材に来ていたので、「何してるんだろう、この人達」って思っていたら、「日本人が被害者のところまで来て話を聞くだけでニュースになるんだ」って言われて。日本でのNHKのような、中国の大きなテレビ局に呼ばれて、北京でスタジオ出演したり。とにかく随分、取材をされました。そのくらい、中国国内では、遺棄兵器の問題がすごく関心を集めているんですね。

日本では、以前の私も含めて、ほとんどの方が知らないですけど、中国ではとてもたくさんの方が、普通の大学生とかも知っている話でした。この1年、取材などで中国に行く度に思ったんですが、例えば今、日本では北朝鮮拉致の話をみんなが知っていて頭に来ていて、「北朝鮮では、一般の人が誰もその問題を知らない」って言うじゃないですか。でも遺棄兵器の問題では、中国ではみんな知ってるけど、私達は知らない。そのギャップの大きさに、正直戸惑っています。 反日感情と言われるものの裏に、こうした現在進行形の被害もあると。少なくともそれを知った上で、中国人の方とどう仲良くできるかを考えた方がいいかな、と思っています。

『にがい涙の大地から』連続上映会
東京・飯田橋の「日中友好会館」大ホールで、3月9日まで。
問い合わせ:「海南友子オフィス楽園」03−3357−5140

▲ ページ先頭へ