今日からスペシャル五輪/北朝鮮船員との会話

放送日:2005/2/26

今回は、今日から始まる事と、しあさって(3月1日)から始まる事についての2題話。

■ スペシャル五輪いよいよ開幕!熱かった前回を振り返る

今日から長野で始まるスペシャル・オリンピックス世界大会。約80の国と地域から、参加アスリート約2,500人、コーチ約650人、ボランティア約9,000人が集まるという、大国際イベントだ。
一般の五輪だと、《本番と、それに向けての練習》というイメージが現実的だが、『スペシャル・オリンピックス』は、もともと知的発達障害のある人たちに日常的なトレーニングプログラムを提供することが主体の、正真正銘《普段が本番》のプロジェクト。今日からの大会は、その《素敵なオマケ》という位置付けだ。

「始まるよ」という情報は他のメディアでもここ数日かなり報じているので、このコーナーでは、実際にどんな大会になるのかをイメージしていただく為、前回=4年前のアラスカ大会に眼をツケる。当時、このコーナーで事前と事後の2回に渡ってリポートしたが、もう一度改めて、ご紹介しよう。

アラスカ大会の開会式にはアーノルド・シュワルツェネッガーが参加し、開・閉会式の入場券の入手は大変難しかった。選手団の家族でさえ、1家族に2枚までしか配布されず、家族以外の人の入手はかなり困難、という人気! しかも、開・閉会式だけではなく、当時の地元紙によると、スケート場には連日5千人ぐらいの来場者がつめかけたという主催者予想を遥かに超える盛況ぶりで、「アラスカ州始まって以来最大の国際イベント」とまで言われた。

日本社会では、残念ながら、なかなかそこまでメジャーにはなっていない。その理由の一つとして、ビッグネーム達の「こういうものをサポートしていこう」という社会的意識が、アメリカに比べて日本では非常に低いという事が言えるだろう。アラスカ大会の前の夏季大会にはスティービー・ワンダーが来ていたし、(スペシャル五輪とは別のイベントだが)臓器移植者のスポーツ大会では、カール・ルイスが練習時にスタートのフォームを指導していた。そういうズバ抜けて有名な人達の存在が、全体の関心アップに一役買っている。日本のスーパースターの皆さんにも、もうちょっと社会性を持っていただきたいものだ。

国内での関心度がイマイチでも、日本の選手達は素晴らしい結果を残している。アラスカ大会には日本から10人のアスリートが出場したのだが、その全員が万遍なく、銀メダル以上を獲得したのだ。選手全員のメダルの総数は、金メダルが7個、銀7個、銅4個。 大会最終日の時点で、小山海斗(コヤマカイト)選手が唯一メダルに届いていなかったのだが、最終日のスキー上級スラロームで銀メダル獲得!というドラマチックな幕切れになった。また、スピードスケート500m決勝では、村上純選手(今回の長野大会にも出場)がデッドヒートを繰り広げ、会場に沸き起こる大歓声の中、ゴール直前に他選手を抜いて1位―――など、劇的シーンも多々あった。そういう熱い競技展開が一般のスポーツ同様に報じられれば、日本でももっと盛り上がるのではないだろうか。

私が一番感銘を受けた競技は、スピードスケート777m決勝。高島祐一郎選手(今回も出場)が2番手でゴールした。ところがトップだった外国人の選手が、カーブでラインの内側を通ったため失格となり、繰り上げで高島選手が1位になった。しかし、高橋選手本人は、いくら説明を受けても“繰り上げ”ということが理解できず、最後まで喜んでいなかったという。彼いわく、「おまけの1位」。知的発達障害と言われる人たちと、その障害が無いとされる我々と、どっちが障害無くスポーツの本質を見ているか、考えさせられる。

前回、総勢10名だった日本選手団だが、今回は地元開催ということもあり、22都道府県から109名のアスリートが参加する。思う存分、がんばってほしい。


■ 入港禁止目前―――北朝鮮船員は何を思う?

ガラリと話題が変わって、しあさって(3月1日)から、いよいよ油濁損害賠償保障法の改正が施行され、無保険の外国船は入港禁止になる。もちろんこれは、あらゆる外国船を対象にした法律だが、最も影響が大きいのは、北朝鮮の船だ。保険に入っていない船が97.5%を占めるため、事実上、しあさってから北朝鮮の船はほとんど日本に入れなくなる。経済制裁以前に、この法律の効き目で暫く北朝鮮の船と接する機会が大幅に減るかも知れない、と思い、先週、テレビ『サタデーずばッと』の取材で本州西端の下関港に行き、埠頭で北の船に声をかけ、応じてくれた乗組員と20分以上も話し込んできた。

小さな貨物船だと、甲板とこちらの立っている埠頭の高さが殆ど同じで、ひょいと飛び移れるくらいの位置関係になる。船の乗組員が積み下ろし作業の合間に甲板でブラブラしている時など、声をかけるのは簡単だ。しかし、応じてくれるまでが、かなり大変だった。 今月初めに同番組スタッフが同じ港に行った時には、まだ少しは、サッカーW杯予選の話などをすると応じてくる船員もいたのだが、今回は、頑ななまでに、皆こちらの呼びかけを拒絶した。仕方がないので、「話を聞きたい」という手紙を船長に渡してくれ、と差し出しても、受け取ろうともしない。さんざん粘って、やっと1人だけ、やや年配の、責任者に近い雰囲気の人が応じてくれた。

よく、「北の船には監視・指導役として当局側の人間が乗っている」とも言われるが、「あなたは当局側の人ですか?」と訊いても答えるわけがないので、我々の話に応じてくれた人物がそのような役割にいたのかどうかは、確認のしようがない。ただ、普通の船員とは雰囲気が違ったし、北朝鮮や日本の状況を非常によく知っていたので、そういう可能性も否定できない。とにかく、彼が「自分は公的にコメントできる立場でない」と繰り返し渋るのを、「個人の考えでいい」と通訳さんがさんざん説得して、やっと会話にこぎつけた。

乗組員: 我々は、日本人の(北朝鮮に対する)感情は全て理解しています。我々の側に、それに反発する感情があるのも事実です。自分は日本の報道は直接聞いているわけではないけれど、日本国内の反共和国(北朝鮮)宣伝がとても強く行われていることは良く知っています。

−“今度から無保険の外国船が入港禁止になる”という事も知っていますか?

乗組員: 日本が、3月1日から保険で締め出すということについては、知っています。これに関しては、共和国で対策を論議中です。どんな対策が出るかは、発表が無いからわかりません。3月には、日本には入港できないでしょう。しかし、それが共和国に対する敵対政策の一環であるのなら、我々は来なくても全然かまいません。『日本政府が経済制裁を加えるのであれば、即、宣戦布告と見なす』という将軍様の言葉が既にありました。戦時に、宣戦布告した国へ、何の用があって来るんですか?(輸出品の)売り先なんか、いくらでもあります。

「いくらでも」と言っても、例えば北朝鮮から日本への最大の輸出品であるアサリなどは、貿易が滞ったらかなりの打撃だという試算を、先週も自民党が出していた。
 ただ、現地の輸入業者など複数が指摘していたのは、中国や韓国を経由して、そこで採れたアサリに姿を変えて日本に入ってくる、という迂回ルートだ。もちろん、そんなに大規模には出来ないだろうから、それで経済制裁的な効果がまったく骨抜きになる、ということではないが、「抜け道があるぞ!」とは言える。
関係者やメディアの中で、そういうルートを取って「北朝鮮産」であることをカムフラージュするアサリを、最近“脱北アサリ”と俗称する事がある。もともとその表現は、日本国内での産地偽装(北朝鮮産のアサリをいったん日本国内の浜に撒いてしばらく蓄養し、その浜の産品と称して売る)問題をさして主に使われている言葉なのだが、今また、全く別の《制裁抜け道》という文脈の中で、新たに浮上してきつつある。

こうして言葉を交わす中で、この乗組員の《心情》が垣間見えるような場面も、一瞬だけだが、あった。

乗組員: もちろん、共和国の公民として記者先生と話したい事は、心の中には山ほどありますが、公的に話す立場ではありません。我々は、日本との親善を心から望んでいます。

―――「公民として」という条件付きなので、結局は北が出す公式コメントのような話をもっとしたいだけなのかも知れないが、「心の中には山ほど」という部分に、それだけでない何かを感じた。(こちらの勝手な思い込みかもし知れないが…。)

取材を終えた後、こちらの通訳をしていた韓国人と、その北朝鮮の乗組員が、下村抜きで直接会話をしていた。

通訳:
帰る前に、温かい飲み物でも差し入れたいのですが―――

乗組員: いいえ、物は受け取れません。日本で渡してくれる物は、TVカメラが監視していますから、絶対ダメです。
通訳:
私が吸っていたタバコの残りでもダメですか?

乗組員: ダメです。あとで南北統一された後、私が生きていたら、その時に再び会って、1本もらって吸ってみたいです…。

たとえ彼が当局の監視役だとしても、これは、心からの言葉という響きがあった。韓国人の通訳さんも、いたく感激していた。
北朝鮮側の発言から全て“ウラを読む”のも一つの冷徹なアプローチなのかもしれないが、何でもうがって見るのではなく、時には素直に受け取る事も、壁を溶かすという最終目標の為には、必要な選択なのではないだろうか。

▲ ページ先頭へ