米国で盛り上がる「放課後教育」の試み

放送日:2004/8/28

夏休みも終盤となり、日本の学校では、そろそろ2学期だが、米国では、9月から新学年が始まる。この米国で、今、“放課後の教育改革”が急ピッチで進行中だ。子供達が学校に戻るこのタイミングで、前回に引き続き、教育にまつわる話題をお伝えする。現地で2ヶ月視察してきたことのある、TBS報道局・川上記者にお話を伺う。

―“放課後の教育改革”とはどのようなことですか?

川上:
普段の学校教育ではできない、様々な体験を子供達にさせてあげようという試みです。アメリカでは、放課後は、子供達の《危険な時間》、つまり、罪を犯してしまったり、犯罪に巻き込まれてしまったりする可能性があると認識されています。そこで、ここ数年「放課後NPO」が中心となって、親が安心でき、子供が何か楽しく学べるような《居場所作り》が盛んに行われています。

―日本なら、放課後に部活動があったり、学童保育があったりすると思いますが、それとどう違うんですか?

川上:
一番違う点は、子供達にとっての選択肢の数の多さです。日本の部活だと、野球とか、サッカーとか全国何処でも同じですよね?これが、ボストンの例で言えば、放課後NPO『シティズン・スクールズ』(市民学校)で、すでに500種類以上のプログラムがあります。市民が先生になって、これまでやってきた趣味や仕事を、NPOの仲立ちで、9歳〜14歳までの子供達に伝えていくという試みです。1グループ8人くらいで、3ヶ月で1つのプログラムが終了しますが、最後には『WOW!』というタイトルの大きな発表会が行われます。

―そのような、ボランティアを志望する人達はどれくらいいるんですか?

川上:
1000人以上はいまして、人数は、まだ増え続けています。例えば、裁判官の方なども市民先生になっていて、その裁判のやり方も、放課後プログラムになるんです。例えば、あるおもちゃ企業同士の対決、ということで、開発をめぐる模擬裁判を設定して、3ヵ月後に本物の裁判所を借りて判決言い渡しを行うんです。9歳〜14歳というと、本物の裁判所など、めったに行く場所ではないですから、実践型、体験型ということで、かなり盛り上がります。

―その市民先生(現職の裁判官)が裁判長の役をするんですか?

川上:
そうです。現職ですから、裁判官の市民先生もかなり忙しいのですが、その辺のサポートも放課後NPOのスタッフ達が担当します。

―9歳〜14歳くらいの子供達なら、そういったプログラムも興味を持つかも知れませんが、高校生くらいになると、「所詮、本物の体験じゃない」って思ってしまいませんか?放課後の学校に引き留めておくのは、難しいのでは…。

川上:
その辺が難しいんですよね。やはり、高校生にも安全な居場所を作ってあげたいという思いがあります。シカゴでは、NPO『アフタースクール・マターズ』がありますが、そこでの先生役は、若い画家や映像作家といった芸術家の方達なんです。芸術といっても、音楽、料理、舞台など様々な分野がありますが、若い芸術家というのは、作品だけでは、なかなか食べていけませんよね。このNPOで、高校生達に教えてあげる、または、弟子に迎えて、一緒に創作活動をしていくという形でアルバイト代を稼ぎながら、自分の作品をつくるという仕組みにしています。

―シカゴの場合は、ボランティアではなく、仕事として報酬がでるということですね?

川上:
その通りです。面白いのは、高校生達にも、コンビニで働いた時くらいの報酬が支払われる事です。だから、《本気》なわけです。

―その報酬の財源は、どこから出るのですか?

川上:
シカゴ市が、このプログラムに対してバックアップしています。市は、このプログラムでできた作品を販売したりして、少しでもお金を作りながら放課後のプログラムを運営しているというわけです。

―芸術以外にも何かありますか?

川上:
芸術家達と一緒に行う活動が『ギャラリー37』、企業等から、技術の専門家達に来てもらって、壊れたパソコンを直すなどの活動は『テック37』、ライフセーバーの資格を取得する『スポーツ37』など、高校生向けの“大人の実践的プログラム”を設けています。

―“37”って何か意味があるのですか?

川上:
このプログラムが始まったのが、シカゴ市が所有する“37番地”の空き地でしたので、そこから命名されました。この場所を、どのように有効利用しようか、という話になった際、市長の奥さんが「あそこを、高校生と若い芸術家の活動の場にしたら?」と言ったそうなんです。それで、初めはひと夏だけのプログラムとして始まったのですが、好評につき、NPOの形になって継続的に行われるようになりました。

―シカゴの例に限らず、各地で行政や企業の参加が特徴的だそうですね。

川上:
各方面から多くの協力を得ています。そうじゃなきゃ、やれないものなんです。企業も《社会貢献》という形で参加しています。例えば、ロサンゼルスでは、NPO『LAズ・ベスト』がありますが、放課後教育の研究者達の間では、かなり有名なプログラムです。このパンフレットには、毎週1回、子供達と放課後プログラムを行うパートナー企業や団体の名前がずらっと掲載されています。

『LAズ・ベスト』のパンフレットのパートナー企業一覧には、NASAや、ドジャースタジアム、スターバックス、ソニースタジオ、ディズニーランド、バンク・オブ・アメリカ、ユニバーサルスタジオ、ドリームワークスなど、そうそうたる一流企業が並んでいる。

川上:
このような企業が、NPOと協力しながら、プログラムを開発し、子供達に提供しています。企業としては、子供達は今も将来も大切な“お客様”なので、大事にしたいし、NPOとしても、魅力的なプログラムであり続けるために大助かりなのです。企業だけで、一からやろうとすると、人、モノ、お金、すべてかかりすぎるので、こういった放課後NPOと上手く組んで活動できます。

このプログラム、本当に楽しそうですね。

川上:
プログラムの代表者が「《質》を如何に保ち続けるかが大事なんだ」と話していました。子供達はすぐに飽きてしまいますからね。だから、次々に新しい試みで、子供達に興味を持ち続けてもらうことが必要のようです。

―かつてこのコーナーでも紹介したように、米国社会には「企業の社会責任」という発想が風土としてありますし、NPOの存在感の大きさも日本とは段違いですね。また、行政も、こうしたNPO活動の信頼度を上げることに関わっていますね。

川上:
そうですね。例えば、『LAズ・ベスト』のオフィスは、ロサンゼルス市役所内にあります。NPOが行政と良い関係を続けていれば、企業からも信用されます。カリフォルニア州のシュワルツネッガー知事も、放課後教育に力を入れていて、自分の名のプログラムを立ち上げて活動しています。最初に紹介したボストンでは、市・学校・NPO・企業が協力し合って、5年で25億円投入した初めてのパートナーシップ『ボストン放課後パートナーシップ』がありますが、こんなに大きな事業は、ボストン市の歴史のなかでも初めてだそうです。

―そうやって仕組は整っても、子供にモノを教えるのって、難しくはないのですか?ノウハウは?

LA's BEST
川上:
『LAズ・ベスト』のパンフレットには、“スタッフガイド”もありまして、これを読むと、「私もできるんじゃないか」と思えるほど、しっかり書かれています。このような、NPOスタッフ達が子供達を上手く教えていけるような“アンチョコ本”も、アメリカの書店では販売されています。『国立放課後研究所』もありますし、どれだけこの“放課後プログラム”が子供達のために、また、アメリカのために役立っているのかを一般に公開して、評価し続けています。

実際の成果ですが、「子供達の態度や成績がこれだけ良くなった」とか、「望まない妊娠がこれだけ減った」など、きちんと細かく評価されています。また、アンケートもとっていて、「放課後対策の経費に充てるための増税を認めますか?」という質問では、7割の人が「賛成している」という結果が出ていますし、「放課後プログラムを支援している政治家に、あなたは投票しますか」という質問では、9割の人が「イエス」と答えています。

―現地で見てきて、日本社会でもこういう放課後教育を導入するべきだと思いますか?

川上:
これは必要だと思いますねぇ。日本でも、放課後に選択肢があれば、子供達ももっともっと生き生きするんじゃないかと思いますし、そうでなければ、居場所は塾か、ゲームセンターか、コンビニの前か、という風になってしまうわけですから…。普段、野球などで活躍している子供達はそのままでも良いと思いますが、必ずしも、その選択肢だけで満足するとは限らないので、そういった子供達の居場所をどう確保するかを考えるのは、かなり大切なことだと思います。

―日本にだって地域の人材資源は同じようにありますからね。

川上:
ありますよ〜。趣味の豊富な方もいらっしゃいますし、自分だけのものにしておくのはもったいないです。

学科が終わった後の時間を「終課後」と呼ばず、「放課後」と呼ぶのだから、文字通り《解き放たれた》時間にしようではないか。石頭の文部科学省が学習指導要領をどういじろうが関係ない、これぞ市民の手で担うべき取り組みである。

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