真暗闇のユニーク・イベント、今日から

放送日:2004/7/31

いろんな仕掛けのある真っ暗闇の空間を、全盲の方にアテンドしてもらいながら、1時間程歩くというユニークなイベント『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』が、今日から東京で始まる。本番に先駆けて行われた体験ツアーに、一足早く参加してきた。

この暗闇ツアーを始める前に、まずしなければならないことが2つある。1つ目は、“光り物”チェック。普段は気がつかないが、現代人は光っている。腕時計の針の部分の蛍光や、携帯電話の着信の光など、光を発するものは、全て持ち込み禁止。また、この放送のために持ち込んだ録音機がオンになっている時に点く、小さな赤いランプの上にも、黒いテープを張るという厳重さで、完全な闇をつくる。2つめは、メンバーの名前と声(顔ではなく)を確認する作業。必ず、10人以内のグループを組んで入場することになっており、「会場の中では、声を掛け合ってくださいね」と言われる。後に、この“声がけ”が暗闇の中でのコミュニケーション方法として、とても大切になってくるのだ。

そしていよいよ入場。各自、白い杖を持って暗闇に入っていく。この日、私達のアテンドをして下さったのは、NPO『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン』副代表の松村道生さん。彼も全盲である。

−名称に「ジャパン」が付くということは、世界のあちこちにある団体ですか?

松村:
元はドイツのイベントで、ヨーロッパを中心とした団体です。延べ人数で、世界で100万人以上が体験しています。日本では、99年からなので、始めてまだ5年です。今回は1ヶ月の開催なので、今までで一番規模が大きいです。

(当日の会場より)/シーン1―――――――――――――――――――――――――――

松村:
皆さんいらっしゃいますか?黙って手を上げても分からないですから(笑)。では、進んで行きたいと思います。僕の声のする方へと進んできてください。ゆっくりで結構です。
下村:
もう、何にも見えない。
松村:
「足の下がどんな風になっているかなあ〜」と感じながら、進んでみてください。
下村:
なんだ、このバリバリいうのは?
松村:
さて、何でしょう?もし、なんだろうと思ったら、しゃがんで触ってもらっても結構ですよ。
下村:
ビニールが敷いてあるな。最初は絨毯。(左頬に何かの感触…)左に観葉植物。お、なんだ?砂利だ!(バチバチという杖の音)どこかで杖のぶつかり合いがおきています。
松村:
(虫の声)どんな音がしますか?
下村:
虫ですね。  他の参加者:水の音。
松村:
水の音がしますね。実は、今、僕は、橋の上に立っているんですけれども、これから皆さんに橋を渡っていただきたいと思います。橋に差し掛かると、足元の感覚が変わりますので、分かると思います。僕の声のするほうへと進んできてください。
下村:
さっきとは、松村さんの声のする方向が、90度変わっています。
松村:
橋から降りるとまた感覚が変わります。
下村:
…変わった。ん?土?これは、木っ端だ木っ端。

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松村さんは、この仕事を初回から担当している、この分野では日本一の経験者だ。

−『アテンド』は『ガイド』とは違うのですか?

松村:
《一緒に行く》という感じのニュアンスを出したかったので、『アテンド』にしました。先頭に立って、「こっちですよ、こっちですよ」とか、「ここに何があります。ここに何があります」というような形では無いよ、ということです。

−本場ドイツでは、橋の部分の仕掛けも、もっと大掛かりだと聞きましたが?

松村:
大きな橋が揺れたりしますね。水がある所に、桟橋のようなものがあるのですが、そこからモーターボートにみんなで座って乗ります。そうすると、ドイツのアテンドが、「それじゃ、出発します」って言って、エンジンがかかって、動くという感じです。

さて、全員が無事に橋を渡り終えると、松村さんが、闇の中で私に一つの指示を出した。

(当日の会場より)/シーン2―――――――――――――――――――――――――――

松村:
ちょっと触っていただきたいものが…。
下村:
…お水。
松村:
皆さんに、触ってもらいたいので、呼んでいただけますか?
下村:
こっちに、大きな器があって、水が入っています。手を入れてみてくださ〜い!(皆を呼び込む)
松村:
皆さんで、ちょっとそのお水を触ってみてください。

数人が、なにやら騒ぎ出す。

下村:
え?水の中に何か入っているの?  他の参加者:レモン…。
松村:
あ、見つけた方いらっしゃいますね。レモンが入っているんです。
下村:
へぇ〜、あ、ホントだ。今、手の匂いがちょっとレモンっぽい。
松村:
あ、匂いつきましたか。

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暗闇で水に手を入れるという動作も躊躇してしまうため、水は触っても、レモンには最初気がつかなかった。[シーン1]では、音とか地面の感触とか、耳や足の裏の感覚だったが、[シーン2]では、手触りや、香りなど、いろいろな感覚が使われていく。また、相互コミュニケーションが促されて、だんだん皆その方法が開拓されていく。最初のうちは、黙々と杖のぶつかり合う音ばかりだったのに、徐々に会話が多くなる。

−参加者の反応やコミュニケーションの仕方って、色んなタイプがあるんですか?

松村:
コミュニケーションを取っていくグループもあれば、なかなかコミュニケーションが上手くいかず、静かなグループもあったりして、反応は様々です。

真暗闇の中の私たち一行は、さらに、体を使った体験ゾーンへと進んでいく。

(当日の会場より)/シーン3―――――――――――――――――――――――――――

松村:
さあ、この暗闇の中でブランコに乗ってみたいという方〜!
下村:
はいはーい!

(松村さんが、下村の手をさっと引いてブランコへ連れて行く)

下村:
なんで、パッと僕の手を握れるんですか!? どこに手があるか、なんで分かる?
松村:
ここで、手を下に下ろしてください。ここにお尻を乗せる感じで。
下村:
ん?これ横長?
松村:
2人乗りなので。
下村:
え?今、これ、2人乗っているんですか?これ、こんなに大きく漕いでも大丈夫ですか? ―――なんか、不思議〜。景色が変わんないから。

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真っ暗闇の中でのブランコ。今度は、五感とも違う、三半規管で揺れを感じ取るわけだ。スイングするときに頬をなでる微妙な空気の動きなど、色んな感覚が総動員されていく。それにしても、ブランコに案内する時、松村さんが、私の手をサッと取れることには、本当に驚いた。

−なぜ、あんなことができるんですか?

松村:
その人の声ですね。人の体は、音を吸収するので、このくらいの大きさで、このくらいの背丈の方だなっていうのが分かるんです。そうすると大体、ま、手の位置もこのくらいにあるんだろうな、って予想がつきます。もちろん、敢えて説明すればというだけで、そのようなことを、ずっと計算しているわけではありませんけど。

松村さん達からすると、「なんでこんな事でいちいち感心するんだろうか」という感じなのだろうが…。全盲の方に比べて、私たちの五感は、1勝4敗。視覚以外、全部負けていることを本当に痛感した。

続いて到着した所は、なんと、バー。真っ暗闇の中で、バーテンダーが待っていて「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。闇に入って20分、この頃になると、知らない同士が、すっかり仲良しになっている。真暗闇バーで、見えないテーブルを囲んでの、皆の会話のシーン。

(当日の会場より)/シーン4―――――――――――――――――――――――――――

下村:
(トントン〜テーブルを叩く音)この叩いた感じからすると、このテーブルは明るいところで見たら安っぽいね(笑)。
参加者: あと、これなんだろう。本?
下村:
え? 本があるの? あ、これ、点字のメニューじゃない?
参加者: え、どこ? 見えない。
下村:
そりゃ見えないよ(笑)。
バーテンダー: 点字のメニューから注文していただいてもよろしいんですが…。一応、りんごジュースと、ウーロン茶とワインとビールがあります。
下村:
ほんと?メニューには、もっといっぱい書いてありますよ。(一同、笑) じゃ、ビールください。他にビールの人は? 手を上げて。…手を挙げても分からない(笑)
バーテンダー: グラスをここに置きます(参加者それぞれの前にグラスを置く)。
下村:
自然にスーっと手が動いて、グラスの形を確認しちゃうな。これは、普通のワイングラスです。下が細長い…。(コンコン叩いてみる)確かに、ガラスだ。

目の前に置かれたグラスへ飲み物が注がれる。

下村:
乾杯しよう!どこだ? どこだ? (“チン”とグラスがあたる音)。
参加者: やった〜できたぁ!

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つい20分前に初めて会ったばかりの仲間と、すっかり打ち解けている。殺伐とした21世紀日本社会の都会人たちに、こんなに求め合う心があったとは、驚きだ。

松村:
ほとんどの参加者の方から、「面白かった」という感想を頂いています。

かくて、会場を出る時の外の光のまぶしさに眼がくらみ、それに慣れた頃には、またすぐ、参加者同士は他人行儀な関係に戻って行った。もっと長く、暗闇の中に居たい―――、そんな気持ちにさせてくれる体験だった。これはもう、万難を排して行ってみてほしい、超お奨めイベントである。

『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』
開催期間: 7/31〜9/4
会場: 東京・地下鉄銀座線外苑前駅から徒歩1分、梅窓院・祖師堂ホール。
完全予約制。TBSラジオのHPからも申し込める。
電話での問合せは、(株)ザ・カンパニー/03-3479-2245 平日10〜18時

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