高校生が描いた北拉致ドキュメント完成

放送日:2004/6/19

北朝鮮拉致被害者の地村保志さん富貴恵さん夫妻の地元・小浜市にある、福井県立若狭東高校の放送部員達が作っていたこの問題のビデオ・ドキュメンタリーが先週完成し、早くも高い評価を得ている。
〆切ギリギリで出品した『NHK杯・全国高校放送コンテスト福井県大会』では、いきなりTVドキュメント部門で、最優秀賞を獲得した。この動きにいち早く眼をツケ、完成前の追い込み作業の頃、現地でこの高校生たちに話を聞いてきた。

やはり地元の問題となると、高校生でも関心が高いのかと思いきや、彼らもかつては全く無関心だったという。制作のきっかけと、作り始めてからの変化について聞いた。

工藤真奈部長(3年): 一昨年、清水先生に、地村さんが拉致された現場に連れて行ってもらって、そこで拉致問題の存在を知りました。

清水顧問: 私からするとすごく意外だったわけですよ。当然ここ(小浜)に住んでいますから、この問題に関して結構知っているものだと思っていたんですよ。「ここが例の拉致現場だよ」と言って生徒を連れて行った時に、「それって何ですか?」という反応が返ってきたので、「あぁ、知らないのか〜」とショックを受けました。

大田淳子・
制作チーフ(3年):
別世界でもないのですが、ちょっと遠い問題だなと感じました。確かに、ここが拉致の現場となったけれど、遠い感じがして…。今はそれどころじゃなく、「近くに行った」というよりも、自分達も「渦の中に入っていった」という感じです。他人事じゃないんだなって。一つ動きがあると、私達まで心がそっちに動いちゃう。

普通“取材者”は、客観的に物事から引いて冷静に距離を保とうとするが、彼らは自ら渦の中に飛び込んで行ったというわけだ。既存メディアには出来ないアプローチである。

下村:
ドキュメントを作ろうと思ったのは、何が描きたかったから?
工藤:
拉致問題とは何かを実際《知りたかった》んです。それに、地村さんの末のお子さんが16歳ということで、《同世代の目》から見た拉致問題を全国の高校生に伝えたい、と思いました。高校生って、社会に関心ない生き物というか世代だと思うんですね。私達が深く考えたこの問題の事を、できる限り知ってもらえたらな、と思いました。

大テーマに挑む“力み”がなく、どちらかと言うとクールな生徒たちという印象を受けた。それと対照的に、部員達を熱く叱咤激励してるのが、顧問の清水先生である。

清水:
(出来が)良いか悪いかは、意識する必要ない。それより《自分の考え方》をまとめないと、今の状態じゃ作品にならない。同世代の高校生に言うんだから「私達はこう思う、あなた達はどう思う?」って課題を突きつけていくのが使命でしょ。もっと自己主張でいい、自分たちが取材の中で感じて、変わっていった《プロセス》をストレートに出せば十分だと思うよ。だって、2年前は自分達も無関心で分からなかったわけじゃない。それが、関わっていく中で変わっていったわけでしょ。それを表現しなきゃ、番組を作る意味ない。それじゃ、マスコミのやる事と一緒。君達の追体験を、番組を見ている高校生達にさせることができれば、成功だと思う。
工藤:
あ〜、今、なんか、つかめたような気がする…。

清水先生は、決して「こうしろ」と押し付けない。押し付けたら、清水先生の思いを生徒達を使ってVTRにするだけになってしまうから。その代わり、「自分の考えを打ち出せ!」と励まし続けた。全国各地の市民メディア団体で熱く語られている言葉そのままで、“時代の風”を感じる。

そんな一見冷静な放送部員達が、制作中、一番熱くなったのは、この出来事との遭遇だった。

工藤:
私達が動いたからって拉致問題は解決には絶対ならないと思う。けど、高校生でも何か出来るんじゃないか、と希望を持って欲しいと思って。
下村:
実際、取材を続けてきて希望は見えてきた?
工藤:
ほんと急展開で、お子さん達が帰って来て、びっくりしました。そのときは、自分達の願いが叶った達成感はありました。お子さんが帰って来るのは絶対無いって私は思っていたので、「あ〜、帰ってきちゃったぁ」ってすごく驚きました。

この作品を撮影し始めた時は、子供達の帰国という具体的な話はまだ無かったわけで、想定していたVTRの構成も、この5月22日の帰国という出来事で、嬉しい再検討を余儀なくされていく。

工藤:
できれば、お子さん達に独占インタビュー!って形でしたいけど、時期が時期なんで、無理かと思っています。
下村:
インタビューできたら、何を聞きたい?
工藤:
北朝鮮で何があったかは、聞きたくないです。そこは伏せたい。
下村:
なぜ?
工藤:
ほじくり返される感じがすると思うんです。えぐられるというか。「なんでお前らにそんな事聞かれなきゃいけないのか」と思われると思うんです。
下村:
その代わりに何を聞くの?
工藤:
友達はできたか、今どんな事するのが好きか、好きな食べ物は、とかそういう日常的・一般的な質問をたくさんしたい。
下村:
自分自身は友達になりたいと思う?
工藤:
なれたらいいけど、私じゃ、ちょっと不足かな。言葉通じないし、緊張して何も話せないんじゃないかって。自信がありません。

北朝鮮での事を「聞きたくない」とは、既存メディアでは考えられない、相手への思いやりだ。また、友達として「私じゃ不足」という控えめさにも、ハッとさせられる。大人達が考えている“受け入れ態勢”は、あれもこれもしてあげなくちゃと、無意識に上から下へ、垂直的に《やってあげる》という発想になりがちだが、工藤さんはむしろ、自分を下に置いている。

結局、彼らは遠慮して、地村さんのお子さん達にインタビューの申し込みはしなかった。ただ、地元・小浜での歓迎会にはカメラを持って取材に行き、その時、間近でお子さん達を見て、「ただハッピー」という考えが、かなり変わったと言う。

大田:
五人のお子さんが帰って来るってニュースの時、私達も本当に喜んだ。「やったね!」って。でも、現場に行ってみたら、お子さん達、すごい動揺してるなって。
工藤:
特に今回の拉致問題では、子供の意見をあまり聞かないで、大人の偉い人達だけで決めて日本に連れて来る形になって…。世間では「お子さん帰って来て良かったねぇ」って騒がれてるけど、同世代から見ると、子供のことをもう少し考えてほしい。住み慣れた国から、いきなり凄く悪く言われてた国に連れて来られ、自分は何をしたらいいんだろうってわからない。たとえ父母と一緒になっても、本当に不安だと思う。自分もその立場だったら、泣いて泣いて苦しんでると思う。そういう《子供の視点》が大切なのかなって。
下村:
そういう視点は、大人のメディアでは出てこない?
工藤:
多分あまり…。大人のメディアは大人が作ってるんで。大人じゃわからない部分ってあると思う。

自分達の考えを打ち出せ、という清水先生のアドバイスが、しっかり実現されているではないか!

このビデオ・ドキュメンタリーは、拉致被害者を救う運動に熱心に取り組んでいる、この高校のある先生(地村保志さんの小中学校時代の同級生)を主人公にして、その人の活動を追っている。冒頭に紹介したコンテストの県大会でトップになったこの放送部メンバーたちは、来月下旬、東京に来て、全国大会に臨む。

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