アフリカを1日で百人が撮った写真展

放送日:2003/07/05

写真展ポスター去年ニューヨークなどで開かれ大きな反響を呼んだユニークな写真展が、現在、東京で開催されている。
去年の2月28日、当時日本では全く報道されなかったが、非常に壮大で面白い1日限りのイベントが、アフリカ大陸全域で展開された。世界中の一流フォトジャーナリスト(報道カメラマン)100人が、同時にアフリカ大陸中に散って、その1日で、アフリカ各国の人々の日常生活を“せ〜の!”で撮影する、というビッグ・プロジェクトだ。
今、日本に来ているのは、その成果を集めた写真展だ。私も実際に見てきたので、100人の参加カメラマンの1人、五十嵐太二(イガラシ・タイジ)さんのお話を交えて、詳しくご紹介する。

−世界中から集まった100人のカメラマンは、
 どういう基準で選ばれたんですか?
 五十嵐さんご自身は、どういう経緯で参加されましたか?

五十嵐:
参加の経緯は2通りありまして、1つは、自分でこのプロジェクトを見つけて応募する、というもの。もう1つは、私もそうだったんですが、主催者の方からお誘いを受けて参加する、というものです。
私の場合、ケニアに6年住んでいたこともあって、もともとアフリカをずっと撮っていましたので、一昨年の秋にお誘いをいただきました。

このプロジェクトは写真展だけでなく、写真集も出版している。100人の写真の集大成だ。タイトルは、『A Day in the Life of Africa』―――“アフリカのある日の暮らし”とでも訳せるだろうか。厚さ2センチほどの、重たい立派な本だ。
本当に素晴らしい写真の連続で、このタイトルが示すように、撮られているのはごくごく当たり前の、日常生活のシーンが殆ど。収録されている写真をいくつかご紹介すると、

  • アフリカ出身の有名マラソン選手が、身寄りのない子どもたちを自分の養子として集めた学校。おそろいの制服を着た子どもたちが、黒板の前で歌っている。
  • ナイジェリアの朝市。色鮮やかなトマトやパラソル、そして人人人…。この市には、1日で400万人もの人が集まるという。
  • 古タイヤでサンダルをつくっているガーナの職人さん。道端でナタを振るってタイヤを切る職人と、脇にはフルーツの入った金たらいを頭に載せた女性が写っている。
  • バーのカウンターのようなところで、サスペンダー付きのズボンにネクタイをしめたおじいさんがポーズを撮っている、「村の伊達男」という1枚。おじいさんがイナセで恰好いい!テレビや秤などの小物にも味がある。
日本で紹介されるアフリカの写真というと、「動物」か「貧困・飢餓」か、というイメージがある。こういう何でもない日常の写真はとても新鮮だ。 しかし撮影するカメラマンにとっては、日常を写真にする方がかえって難しそうだ。

−撮影の対象はどうやって見つけられたんですか?

五十嵐:
日本では、アフリカっていうとあまり良くないイメージが先行していますので、なるべくアフリカの素晴らしい面を見せようじゃないか、ということで臨みました。それがプロジェクトの主旨でもありますので。
被写体を見つけるのは確かに難しいと思います。日常生活であればあるほど、そこにどうやって入って行くのかという。その人の許可も要りますし、その場所を熟知していなければ撮れない、というのはあります。観光地を撮るのに比べて数段難しいです。
私の場合は、今まで自分が関わってきた、こだわりのある被写体を3つ撮りました。1つ目は、6年間アフリカに住んで、その中で特に撮り続けていたキリマンジャロ。2つ目は、私のアフリカとのつきあいの出発点であるナイロビ大学の、図書館や教室の雰囲気。これは「若い人達が将来を作っていく」という意味で、将来につながるなあと思って。3つ目は、やっぱり働く人の風景を撮りたかったので、私のおんぼろ車をいつも修理してくれていたメカニックの方。汗だく、油まみれになって働いているところを撮りました。

写真展の展示会場では、写真が“国別”でなく、夜明けから月の出までの“時間順”で並べられている。だから、会場に一歩入ると、同時にこの国では・あの国では…と、それぞれの生活が見え、「ああ、皆それぞれに生きてる!」と感動してしまう。

カメラ この≪100人が同じ日に≫、というアイデアも面白いが、もう一つユニークなのが、≪全員デジタルカメラを使う事≫という統一ルールだ。
プロと言えども、まだデジカメを使っていない人は多い。2月28日の撮影本番直前には、全員が一旦パリに集まって、デジカメの初心者はそこで講習会を受けた。

−五十嵐さんも、講習を受けられたんですか?

五十嵐:
そうですね。私はとても不安だったもので。機械オンチなんですよ(笑)。

いくらプロのカメラマンと言っても、アナログのカメラに慣れたていた人がいきなりデジカメでと言われても難しいようだ。 この講習会で講師を務めた一人、米国オリンパス社の松崎稔さん(在ニューヨーク)に、国際電話でお話を伺う。

−デジカメは、プロにはどの程度普及しているんですか?

松崎:
当時、事前の調査では、プロ100人のうち60人が、まったくデジタルカメラに触ったことがない、ということがわかりました。そこで、パリとニューヨークで3度、デジカメのトレーニングを実施しました。

―プロというとカメラへのこだわりが強そうですが、素人に使い方を教えるのと違いはありましたか?

松崎:
もちろん予想はしていたんですが、大半のプロは「デジカメで良い写真が撮れる訳がない」と思っておられました。それで、これはマズイと思いまして、新聞紙サイズの大きなプリントを持ち込みまして、まず画質を見ていただきました。それでようやく、使ってみるかと。それからやっとトレーニングを開始するといった状況でした。
皆さん最初は、カメラを扱っているというよりも、“コンピュータを操作している”といった感じでしたね。トレーニングを終える頃には、プロの方々が「これは俺の道具だ」という自信に満ちた顔に変わっておられましたので、私はそれを見て「これだったら、このプロジェクトは行ける!」と確信しました。

−五十嵐さんもそんな感じだったんですか?

五十嵐:
そうですねえ。講習会で私の隣に座っていたフロリダのカメラマンも、最初は「イガラシ、これスイッチどこだ」って(笑)。そういうところから始まる訳ですから、みんな不安だったと思いますね。ただ、松崎さんがおっしゃられたように、オリンパスさんの講習を受けて、みんなある程度の確信を持って撮影に臨んだと思うんですよ。撮影を終えて、またパリでカメラマンの皆とお会いしたんですが、皆もう嬉々として、「良い写真が撮れた」って、デジカメを絶賛してました。

今回オリンパスは、使い方の指導だけでなく、そもそもまだデジカメを持っていないフォトグラファーたちの為に、カメラ自体も100人全員分を、提供した。
これだけプロ達に評価されると、企業としては、商売的にも“してやったり”だろう。イメージアップ効果を狙って企業がイベントに出資することは珍しくないが、これは本業にも直結する鮮やかな成功例と言えそうだ。

−五十嵐さんも今ではデジカメ派に?

五十嵐:
私も今では、全部デジカメです。というのは、撮る方も便利ですし、写真を編集する側にとっても、処理が非常に楽なんですよね。私もそうですけれど、他のカメラマンの方もデジカメに変更中だと思います。

−現場で、デジカメの便利さを実感したのは例えばどんな時でしたか?

五十嵐:
私はキリマンジャロをチャーター機で空撮したんですが、高度6000メートルくらいで窓を開けて、外に身を乗り出すような形でシャッターを切るんです。時速150キロくらいで飛んでますので、目を開けていられないんですね。ファインダーを通して構図はなんとなくわかるんですが、細かいところまでは分からないんですよ。そういう時、今まで使っていたフィルム式のカメラだと、良い写真が撮れているか分からない訳ですよね。それが、今回は、機内のモニターですぐに確認できましたので、それはもう本当に良かったと思います。
グリップの感触もすごく手にフィットしますし、ある程度の重みも風圧に耐える感じですし、デジタルでなければ出来なかったと、機内で思いました。

―機械としてより精巧になっていることで、自然の中で弱いということはないんですか?

五十嵐:
私もそれを心配したんですよね。特に東アフリカは乾燥したところで、ちょっとした風で砂塵が舞うようなところなんです。実際に行った時も、撮影の前日に砂嵐のようになってしまいまして、「ああ、マズイな」と思ったんですが、故障もなく、ズームなんかも問題なかったですし、それはびっくりしました。

キリマンジャロそのとき五十嵐さんが撮ったキリマンジャロの写真(右)が、写真集の冒頭近くを飾っている。日常生活シーン中心のこのプロジェクトでは、数少ない風景写真だ。

−撮影日が2月28日限定ですから、一発勝負で撮られた訳ですよね?

五十嵐:
そうですね。前日まですごく曇って、山が見えないような状態だったんですよ。当日も、まだ日が出ていない朝5時にパイロットが来て、「まったく山なんか見えない、どうする?」っていう状況で。それでも行ってみよう、ということで出発して、雲を突き抜けたら山がブワッと見えたんですね。これ、前の晩に降った新雪なんですよ。前日は黒い山肌だけで雪が無かったので、それはすごくラッキーでしたね。

驚いたことに、松崎さんも、パリで使い方指導をするだけでなく、アフリカの撮影にまで同行したという。

松崎:
私はもともとカメラの設計をしていましたので、アフリカの過酷な環境で100人のプロがどうやってカメラを使うのか非常に興味があり、これはもう是非とも行かなくてはいけないと思いまして。まだ米国同時テロの5ヶ月後でしたので、会社では出張禁止だったんですが、拝み倒して、行ってきました。

―1日限りの強行軍で100人もアフリカ全域に飛んで、よく事故が起きませんでしたね…!

松崎:
実はいろいろありまして…。チェコ出身のアントニン・クラトチビルさんという方はコンゴに行かれたんですが、現地に入ったその日に悪天候に見舞われて、警察の決定で、20日間そこを動けなかったんです。20日間、同じ写真を撮りつづけられました。
もう一人、元国連の写真家でジョン・アイザックさんという方がチャドという所に行かれたんですが、撮影前日の下見の時に、王宮を写していると疑われて警察に連行されてしまいました。ただデジカメでしたので、その場で画面を再生して、可愛い子どもの写真などが出てくる訳ですよね。王宮の写真は1枚も無いということで、疑いが晴れたんです。そのまま拘留されたら撮影日に出られませんから非常に焦ったわけですが、デジカメで難を逃れて、次の日の撮影に臨めたということです。

−五十嵐さんが参加を決めた理由は、お話しいただいた「アフリカとの接点」・「デジカメへの興味」の他に、もう一点あったそうですね?

五十嵐:
この写真展や写真集の収益金は、全額、アフリカのエイズ教育プログラム設立資金に充てられるんですね。アフリカは今、子どもを含めて2500万人が、HIV陽性という状況です。そういう「エイズへの問題意識を高めてもらう」ことがこのプロジェクトの主な目的でしたので、非常に意味があるなあ、と思いました。
エイズに苦しむ人々の写真よりも、日常生活の写真を見てもらうことで、「これを破壊するのがエイズなんだ」と訴えているわけだ。エイズ≪そのもの≫ではなく、エイズによって≪破壊されるもの≫を写した写真展とも言えよう。
  • 開催中(今月13日まで)…東京都写真美術館(恵比寿)
  • 来月8〜31日…兵庫県立美術館(神戸)
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