「メディア・リテラシー教育」前線報告

放送日:2003/05/17

自分のポケットマネーまで使ってビデオカメラを6台も買い揃え、子供達と“壁新聞の映像版"ともいえる作品作りに取り組んだ、小学校の先生がいる。岡山県笠岡市立中央小学校の高橋伸明先生だ。
多くの先生方と同じ様に、高橋先生にも映像制作の経験はない。そこで昨晩から、テレビ局が実際にどのように番組を制作しているのか、TBSのニュース番組『サタデーずばッと』の制作現場を見学に来られた。徹夜で構成・編集作業を見学された後、朝放送の『眼のツケドコロ』のスタジオ視察にもいらっしゃったので、そのまま話を伺おう。

−テレビ局の制作現場を見学しての感想は?

高橋:
こんなに時間をかけて丁寧に作られているとは、正直思っていませんでした。ナレーションの言葉一つにも、ここを削るとか言いまわしを変えるとか吟味していて、伝えるための最善の方法を一生懸命探しているんですね。「受け手もそのつもりで見なくちゃな」、「子供が作っているものは雑だな」、と思いました。子供達にも、映像や言葉の吟味をしっかりやる、という指導をしていきたいですね。私が口を出しすぎてはいけないので難しいですが。

―中央小学校の取り組みは、以前にもこのコーナーでお伝えしましたが、今年度は、どのような取り組みをされているんですか?

高橋:
昨年度までは6年生の担任でしたが、今年度は4年生を担任していますので、映像制作よりもっと初歩的な、「メディアの特性を理解する」ということに取り組んでいます。また、自分の担任しているクラスの取り組みとは別に、地元のメンバーで組んだ研究グループ『笠岡メディアリテラシー教育カリキュラム開発研究会(MLK5)』で、教師が使うメディア・リテラシーの学習パッケージを作ってます。

−具体的には、どんなパッケージなんですか?

高橋:
例えば国語の学習では、「効果を考えて書こう」という単元があります。写真と文章を組み合わせて、パンフレットやwebページを作るんです。写真を2枚並べることでどんな意味が生じるか、写真の下にはどんな文章が必要か、といったことを考える授業を、一つのパッケージとしています。

−そういった授業の中で、プロの送り手にお手伝いできることはあるでしょうか?

高橋:
例えば、子供達が見るバラエティ番組について討論したりする授業も計画しているんですが、そこに登場していただけたらと思います。視聴者だけで討論するよりも、制作者の方に登場していただいて、「これはこういう意図で作ったんだよ」とフォローしていただけたら、とても効果的です。

実際に、地方局のスタッフが地元の学校の授業に参加するという取り組みは、徐々に始まっている。授業に参加したスタッフ達は、「“教える"ことより“教えられる"ことの方が多かった」と異口同音に言う。子供達に説明することで「自分のやっていることはこういうことだったのか」と初めて意識化できたり、子供達の番組への感想を聞いて「こういう風に受け取られていたのか」と気付けたりする。
受け手と送り手は、今まではお互いにまったく顔が見えず、一方通行のコミュニケーションしかできなかった。しかし、メディア・リテラシー教育が、そんな関係に風穴を開けつつあるのかもしれない。

−このような授業の取り組みは、今後どうやって広めていけばいいのでしょうか?

高橋:
授業のパッケージをせっかく作っても、web上などで公開するだけでは絶対に使ってもらえないんです。先生方は、やっぱりそれぞれ自分自身の作った指導案が一番使いやすいですから。そこで、私達の今年の課題は、学習パッケージを≪量産≫するだけではなくて、パッケージを作るためのコツを≪モデル化≫することです。「やってみようかな」と思っている先生方が、そのモデルをヒントに、自分のクラスに合ったパッケージを作れるようになれると思いますので。

高橋先生の考えは“机上の空論"ではない。周りを巻き込んで“形"にしてしまう力には、私は感心させられている。先生は去年、異動で小学校を移られたが、新しい学校でも、着任早々から、それまでやっていた活動を更に発展させた形で継続させている。異動したことで芽が潰れず、逆に同調する教師の輪が広がったのだ。

−新しい学校で、それまでの取り組みを続けるのは大変だったのでは?

高橋:
単純に「ビデオ編集をやってみたい」と思っている先生をまずは引き込んで、手始めに同じ学年の先生方と足並みを揃えました。『メディア・リテラシー』というと、コンピュータを使って何かやるんだと誤解していらっしゃる先生が多かったので、校内の研修会でプレゼンテーションの時間をいただいて、誤解を解き、やっと校内で市民権を得たという感じです。

−他の学校現場で同じような活動をしている先生達との連携は?

高橋:
先ほど触れた『MLK5』に常時集まるのはほんの数人ですが、週1回で勉強会をしています。遠方とも、東京大学の『メルプロジェクト』のメールマガジンに登録しているので、先進的な実践を知ることができます。

とは言うものの、日本では、高橋先生のようにメディア・リテラシーの新しい取り組みを始めている人は、まだまだそれぞれの地域でほとんど“孤軍奮闘"の状況だ。

−今後、日本でメディア・リテラシー教育が根付いていくと思われますか?

高橋:
「日本で」というと私には荷が重い質問ですが…。
教育現場でメディア・リテラシー教育を広めていく中では、『情報を読み解く力』『批判的に見る力』の必要性に、意外とパッと気付いてもらえるんです。教師たちは子供達の実態の中で、なんとなく「これは危ない」と感じているんだと思います。だから、うまい広げ方をしていけば広がっていくと、私は前向きに思っています。
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