あまりにひどいフジテレビ報道特番

放送日:2002/11/02

先週金曜日、フジテレビが「報道特別番組」と銘打ち、キム・ヘギョンさん(拉致被害者横田めぐみさんの娘さんといわれている少女)へのインタビューを放送した。視聴率は26.3%を記録し、非常に高い関心は呼んだが、一方で、その放送姿勢に対する非難もまきおこった。

だが、巷の悪評ほど、メディアではフジテレビに対する非難を取り上げていない。その理由としては、(1)自分も同じ立場に立ったらインタビューをしてしまっただろうという人、(2)「自分がスクープを取れなかったから批判しているんだろう」とやっかみに取られるのが嫌だという人、(3)ここで批判してしまうと、将来自分が失敗した際に仕返しされてしまうことを警戒する人、等がいるだろう。この業界では、このようにブレーキが働いて、なかなか建設的な批判のし合いが起こりにくいのが現実だ。だが、ここは眼のツケドコロ、敢えてフジテレビに対する批判を申し上げる。

フジテレビの報道特別番組の問題点は、大きく2つに分けられる。一つ目は、「北朝鮮が用意した情報戦にまんまと乗せられた」というもの、二つ目は、「キム・ヘギョンさんに対する配慮に欠けている」というものだ。

まず、1点目の問題について。下村自身は、インタビューを行ったこと自体を否定はしない。メディアとは、核心に迫るためにどんなことでも報道しよう、という姿勢が本能的に備わっているものだ。第一、メディア自身が、取材で掴んだ情報を「この報道は、国民に悪影響を及ぼすから伝えずにおこう」等と勝手に判断を始めたら、こちらの方がよっぽど危険である。 但し、仕入れた情報を表現する際、相手の思惑や宣伝にまんまとはまったような≪形≫になってはならない。ここがメディアの工夫のしどころだ。この点、今回のフジテレビ報道は、いかにも急造、急場しのぎの感があり、失敗だったと言える。

放送後、フジテレビの記者会見では、「我々は、北朝鮮のプロパガンダに乗せられたつもりはない」と表明していた。その気持ちに嘘はないだろうが、フジテレビお得意の「過剰演出」が、その気概を台無しにしてしまった。

例えば、キム・ヘギョンさんがインタビューで話している間、BGMとして陰鬱なピアノの曲が流されていた。発言をそのまま流せば良いのに、フジテレビ側が勝手にイメージ操作を行ったと言える。 また、CM前に次の場面を予告する字幕スーパーが出るが、そこで最も印象的だったのは「平壌へ来て!祖父母へ涙の願い」というものだった。これこそ、まさに北朝鮮側が最も発信したいメッセージであり、フジテレビがまんまとそれに乗ってしまったと言える部分だ。同じセリフから抜粋するのでも、「日本へは行けない!祖父母へ涙の訴え」とすれば、キム・ヘギョンさんが北朝鮮内外で自由に行動できないことを示すことが出来、フジテレビ側も北朝鮮には乗せられていない、というスタンスを示すことが出来たはずだ。

最も皮肉だったのは、インタビュー映像の前に、作業用のタイトル「インタビュー・泣き」という画面一杯の字幕が一瞬放映されてしまったことだ。これは、VTRの内容を一目で判別できるようにスタッフがつける仮題で、通常は決してオンエアされない部分なのだ。単純なミスではあるが、「ここで泣きを見せよう」という、テレビ制作者の醜い一面がはっきり映し出されてしまった。

次に第2点。キム・ヘギョンさんに対する人間的配慮はどうだったのか、という点について検証してみる。 最も問題視されたのは、「拉致されてきたということを知りませんでしたか?」という質問をぶつけ、これに対してキム・ヘギョンさんが「知りませんでした」と答え、動揺していた部分だ。 この質問をぶつけた朝日新聞の記者は、29日付同紙の自己検証の記事の中で、「拉致について触れたのは、この間に当然、ヘギョンさんにこの事実が知らされていると思ったからだ」と弁明している。だが、この質問をぶつける直前に、ヘギョンさんは「お母さんが日本から渡ってきた理由は知らない」と答えている。この時点で、既に朝日新聞記者の弁明は成り立っていない。 それどころか、「拉致」という新しいキーワードを聞く側からぶつけるという、取材のイロハに反することまでやってしまっているのだ。こちらから新しい情報を出してしまうと、知ったかぶりをされて正しい情報を聞き出せなくなってしまう可能性もある。つまり、この質問は、15歳の少女に対する人間的配慮の欠如と、真実を探りたいという姿勢の欠如、という2つの問題をはらんでいる。

さらに、インタビューの放映後、スタジオでゲスト出演していた横田滋さんや「救う会」幹事の西岡さんが、「この質問はひどい!」と精一杯の抗議を行っていた。そういった場面が少なくとも2回あったにもかかわらず、安藤優子キャスターは完全に聞き流し、次の場面にうつってしまったのだ。都合の悪い意見はさっと取り下げ、完全に「番組進行ロボット」と化していた。

この特番は、フジテレビ内が興奮状態になり、勢いで報道してしまった面もあるかもしれない。他局が同じ状況に置かれても、似たような過ちを犯した可能性は否定できない。それにしても、今からでも、フジテレビはこの放送を反省し、「悪かった」という事を明言すべきである。さもなくば、視聴者側のメディア不信は一段と深まるだろう。

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