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全盲画家のアメリカン・ドリーム

2000年1月16日

 ニューヨークを舞台に、ドラマチックな展開でアメリカン・ドリームを実現しかけている日本人がいる。

東京在住のエムナマエさんは、全盲のイラストレーターだ。彼がNYで小さな個展を開いたのは、98年10月のことだった。本人は渡米前から、「何かが起きる。才能は認められる」と言ってたが、それが本当に実現したのである。

もともとジョン・レノンの影響で表現活動を始めたナマエさんが、初の海外個展の会場をNYにしたのは、ジョンが暮らし、生涯を閉じた街だから。彼はこの時、展示予定の無い自作のジョンの肖像を一枚、日本から持って行った。何かが起こって、きっとこれをオノ・ヨーコに渡せる、と確信していたのだ。しかし、ジョンの行き付けだった珈琲ショップでも、ゆかりのストロベリーフィールズでも、何事も起きることはなかった。ジョンが住んでいたダコタハウス前では、感極まって涙したが、それでも、何も起こらなかった。

そんなある日、個展会場にフラリとやってきた2人連れの米国人が,彼の絵を見て大興奮を始めた。ナマエさんが不在で留守番をしていた私が代わりに聞けば、全米最大のベビー服メーカー「カーターズ」社の幹部で、「この絵を我が社の製品に使わせてほしい」と言う。

名刺の住所を見て、なぜアトランタ本社のあなた方がここにいる?と尋ねた私は、彼らの答を聞いて鳥肌が立った。同社の新作べビー服のデザインに、ジョン・レノンの絵を採用すべく、オノ・ヨーコと交渉するために、NYに出張して来たのだという。そして、たまたまこの個展会場と同じ場所にあるホテルに泊まっていて、たまたまポスターを見かけて、覗きに来たとのこと。しかもその時、時刻は夜9時の閉室予定を過ぎていたが、たまたまその日だけは、まだ扉を開けていたのだ。…こんな偶然があるのか! ジョンが導いたとしか言いようがない。

カーターズ側は、ナマエさんと本格的な商談に入ることを約束した。そして、ナマエさんが持って来たジョンの肖像画は、彼らの手で、次回のオノ・ヨーコとの交渉の時に、彼女に渡されることになったのである。

そして時は流れ、今月10日。マンハッタンのミッドタウンに、カーターズ社の新作ベビー服見本のショールームがオープンした。自社の専属デザイナーで全ての作品を作るのが伝統だった同社が、創業約140年の歴史で初めて起用した2人の社外アーティストの作品が、そこには並んでいた。-ジョン・レノンと、エムナマエ。

さっそく見本品を見て来たが、もともとカーターズ製品は人気ナンバー1だが、その中でもすばらしい仕上がりだ。服以外にも、クッション、よだれかけ、ぬいぐるみがあり、原画の色のはみ出し方まで大切に再現されていて、センスがいい。そして、ナマエさんが全盲であることは、一切“売り文句”に利用されていない。注意深くタッグの細かい文字まで読むと、ナマエさん自身の言葉の引用部分でやっと全盲とわかるだけだ。「目が見えないのに、すごいでしょ!」ではなく、作品その物の力で、勝負に出ている。カーターズ担当者に聞いたところ、見に来た業者達の反応は、「皆、恋に落ちた」状態だったそうだ。

…何の当てもなく一昨年秋にNYで開かれた、小さな個展。そこから芽生えた、文字通り“絵に描いた”ようなアメリカン・ドリームは、これからどこまで拡がっていくのだろう。

※文中の情報は、全て執筆時点(冒頭記載)のものです。